斗比主閲子の姑日記

姑に子どもを預けられるまでの経緯を書くつもりでBlogを初めたら、解説記事ばかりになっていました。ハンドルネーム・トップ画像は友人から頂いたものです。※一般向けの内容ではありません。

やっぱり、「思いがあってやった」「かわいがってきた」で暴力・暴言してたやつ

そろそろ被疑者(というか本人が事実を認めているので加害者)が、自殺するかもしれない状況になってきているので(成人前のエピソードが週刊誌で取り上げられている)、具体名は挙げないで書きますが、ちょっと前にブログに書いたあの件です。

以前にブログに書いたときは、指導目的で暴力・暴言していたことは若干推測が入っていたのですが、昨日、メインの加害者の謝罪文が公表されていました。ざっとこんな感じ。

・被害者には自分の思いがあって接していたつもり

・自分の行動が間違っていることに気付かず、被害者が今苦しんでいる姿を見ることは、かわいがってきただけにつらい

・被害者が今どうなっているのかをずっと思っている

指導目的があったっぽい感じです。もちろん、本気で言っているかは分かりません。本人は本気でも思い込みとなっていることもあるし。人間の心理は難しい。

加害者が被害者意識を持っていることが多々あることはこのブログで紹介していますが、中には善意で加害行為をしている(つもり)のこともあるんですよね。

論理の飛躍はありますが、学校であろうと、家庭であろうと、職場であろうと、善意によって適切な教育がなされるというのは、個人の性質によって大きくクオリティが変わるんじゃないかと考えています。(論文あるかな?)

できるだけ教育のプロセスはみんなが見えるところでやることや、教育をする側にも善意に頼らない適切なインセンティブを提供することや、周りが適宜介入・支援できる仕組みを作ることというのは必要だと、n=1の集積を眺めながら思う次第です。

この件の調査報告書が公表されたら、(そのときは今ほどは加害者への注目は下がっているだろうから)また取り上げます。