先日書いた記事に関連してこの本を紹介してもらいました。
トピシュさんは『ぼぎわんが、来る』とか読まれないだろうか。お好みの話かと思うのだが。 / “夫の趣味のコレクションを断捨離する妻とメシマズ嫁の問題の根っこは同じ - 斗比主閲子の姑日記” https://t.co/FTkjJaDxn6
— pure_flat (@pure_flat) 2015年11月27日
早速読んで見たところ、ページをめくる手が止まらなくなりその日に読み切ってしまいました。この面白さは自分のブログの読者であれば必ず共有できると思い、以下レビューを書きます。
なお、家庭内トラブルとホラーがともに好きという人は間違いなく楽しめますから、自分のレビューなんか読んでいる暇があれば、本書を手にとって読み進めてください。
※こちらでも冒頭部分の試し読みができます。
もちろんバケモノは怖い
ホラー小説というものは、バケモノがいかに恐ろしいかをどれだけ上手く描写しているかが重要ですよね。そのバケモノが超常現象的なものであったり、人間だったり、色んなタイプはあるとしても、そのバケモノが緩急をつけて登場人物たちを死地に追いやるプロセスを読みながら「うわー、怖い!怖い!」と怯えるのが、ホラーの醍醐味なわけですから。
その点はもちろんちゃんと怖いです。ちゃんと嫌なバケモノが嫌らしく登場します。
もちろんバケモノの背景は説得力がある
そういうバケモノについて、どうしてこのバケモノが誕生することになったのか、どういう性質のものなのか、これについても説得力が欲しいところです。よく分からない得体のしれない存在というのもナシではありませんが、そうすると、そのバケモノが登場する必然性がなくなってしまい、どうも怖がりきれません。ほら、鏡を媒介にしているとか、満月の夜だけ登場するとかそれらしい法則性があると身近感じられて怖がれる。
「奇妙な出来事っていうのは、ほとんどの場合ちょっとしたことなんです。『変なこともあるもんだなあ』で終わってしまう。気になってすぐに調べるような人間はゼロに近い。証言だけが無数にあって真相は分からない。ただの偶然か、オカルト的なものが噛んでいるのか、後になって検証し区別するのはまず不可能です」(P91)
この点ももちろんカバーされています。民俗学の研究者やオカルトライターや郷土資料等が登場することで、バケモノの背景が厚みを持って明らかになっていきます。このプロセスももちろんゾクゾクするんですよね。ある道具の位置付けが分かる時は鳥肌が立ちました。
バケモノ退治のための霊能力者も登場するけれど、上記に引用したように理解できないものがなぜ理解されていないかが理解できる形で随所で説明されていて、完璧に胡散臭いというわけではなく、非合理ながらも合理性があるように描かれているのも素晴らしいですね。理屈っぽいオカルト。
何よりも家庭内トラブルが溢れている!
ここまで書いた要素は自分にとってホラーを楽しむ際に非常に重要なんですが、この本に引き込まれたのは、登場人物の家庭事情が事細かく描写されていたためです。家庭内トラブルが物語の核になっています。
特に、自分が思わず「わー!」と歓喜の声を発してしまった箇所の一部を引用して紹介してみます。ネタバレを避けるために人物名は隠しています。
昼過ぎに、ようやく◇◇が生まれた時、わたしは抜け殻のようになっていて、ただ目の前の、ふやけた赤ん坊を見て、涙を流すことしかできなかった。……看護師と雑談し、弱々しくではあるが、笑っていたのがいけなかったのか。彼はわたしを見るなり、「ああ、楽だったんだね」と、へらへらした顔で言い放った。(P138)
よくある出産での最大のやらかし。ほっこりしますね。
「もし子どもができないってなったら、どうする?」……「うん、その時はさ――」わたしの目をしっかり見すえて、○○は、「全力でサポートするよ。△△の治療」と、さわやかな表情で言った。(P145)
自分が不妊症である可能性がまったく頭にないからできる発言。
彼らにならって、○○がブログを始め、◇◇のことや、育児の事を、頻繁にネットで発信するようになったのも、だから自然な流れだった。ことあるごとに◇◇の写メを撮り、即座にアップしていた。……時には何時間も、モニタの前で推敲していた。もちろんその間は、わたしがずっと◇◇の面倒を見ていた。(P154)
写メは撮ってブログの更新はするが子供の世話はしない。
「今年の頭に久々に会った。……だが―、すぐに心底うんざりした。口を開けば子供の話ばかりだったからだ。子供、子供、子供、子供、子供!それ以外は――」(P235)
独身者に子供の話ばかりする人に対して。
「父親は一家の大黒柱や、絶対正しいんや、そういうもんでした。今はだいぶ変わってきたみたいやけど、昔は殴ったり蹴ったりは当たり前やったんですよ、男の子も女の子も関係なしに……」俺や□□に言っているのではなく、自分で確認するように、■■は言葉を漏らしていた。
独白している様子が生々しい。
いかがでしょうか。ワクワクしませんか。三章構成の二章、三章でこの辺がよく描かれているんですが、家庭内トラブルが大好きな人ならば、一章の時点で「ああ、これはちゃんとトラブっているわ」と不穏な空気を楽しめるはずです。
締め
本作は第22回日本ホラー小説大賞の大賞受賞作です。その選考会の選評で、貴志祐介さんがこんなことを書かれています。
ホラーやファンタジー小説は、完全な異世界が舞台ならともかく、現実と地続きの物語であるなら、普通小説以上のリアリティが求められる。まずは足下を固めなくては、飛躍は難しいのだ。今回高く評価された二作は、いずれもその部分が優れていたと思う。
貴志祐介さんの作品の『黒い家』なんかが正にそうですよね。元々、貴志祐介さんが生保で働いていたせいか、保険の話がやけに詳しい。そしてその保険の話が物語の核となっているホラーでした。 自分はフィクションではあるけれど、人間や設定がリアルなものが好きです。これまで紹介してきた作品はほとんどそうですね。
ホラーやミステリー系の小説では、来年映画化される小野不由美さんの『残穢』(ざんえ)も怪異の正体にたどり着くまでのプロセスが地味なところがリアルで、それが楽しいものでした。桐野夏生さんの作品はどれも人間の嫌なところの描写がいいのだけれど、弁当工場で働く女性たちの日々の生活が描かれる『OUT』は傑作でした。
ただ、ホラーというジャンルの中で、家庭内トラブルをここまでリアルに描いた作品に出会ったのは本作が初めてでした。社会派といえば社会派ということになるんだろうけど、やっぱり、ホラーでも何でも、舞台が現代なら、現代の普通の家族が普通に抱える問題が物語に登場しないと逆に違和感を覚えます。
主要登場人物は、仕事が順調で、20代でお見合い結婚して、子どもが3人ぐらいいて夫婦円満で、持ち家所有で、親の介護の心配もないなんていう設定にされたら、もうそれだけで嘘臭くなっちゃって、バケモノとか謎とかがどうでもよくなっちゃう。
そんなにたくさんのホラー小説を読んでいるわけではないんですが、こういう作品はもっと読みたいですね。とにかく面白かった。お薦めです。もし、その他にお勧めの作品がある方がいらっしゃったら教えてください。
以上、本題です。以下、読んだ人だけ向けの余談です。
余談
一章では、子持ち家庭でこんなに自由に行動ができるわけないなと、誰かに負荷がかかっているのではと推測していました。
なお、複数人の子供と日々格闘している身としては、本作の子供との格闘描写に関してだけは、あまりリアルには感じられませんでした。
最後に、今回の主要キャラのキャラクターが立っているので、同じキャラをそのまま使ってシリーズ物にできるんじゃないかとも思いました。