斗比主閲子の姑日記

姑に子どもを預けられるまでの経緯を書くつもりでBlogを初めたら、解説記事ばかりになっていました。ハンドルネーム・トップ画像は友人から頂いたものです。※一般向けの内容ではありません。

あの事件について私が思っていること

あの事件について、私が思っていることを書きます。私が思っていることだから、他の人がこう思うべきということではありません。当たり前のことですが、念の為。

悲しみにおしつぶされないために―対人援助職のグリーフケア入門

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※教師や医師にも(こそ)グリーフケアは必要

私が今思っていることは、3年前のあの事件のときに書いたこととほとんど変わりません。

ある事件の加害者の思考は他人事であり、自分の問題として向き合うなんてことはしません - 斗比主閲子の姑日記

どうやら大事件が起こったみたいで、色んな分析がされていて、「事件の加害者の思考を咀嚼して、他人事ではなく自分の問題として向き合う必要がある」みたいなことを言ってる人もいるみたいです。

そういう風にしたい人がいるのは否定しませんが、自分はこういう事件があると、その後の報道は極力目に入らないようにして、入ってきても脳内からカットします。他人事とします。

こういうことをしている理由の一つは、センセーショナルな事件は、新聞や雑誌やテレビなどの媒体を通して脚色されるので、正確な情報が得られない、得るのが大変だと考えているのがあります。メディアごとに勝手な物語が濫造されがちなので、そんなのにいちいち振り回されるのは嫌です。

また、どんな事件も、日本で日々発生している多くの事件の一つであり、その一つの事例に引っ張られて物を考えるのは偏りが出ると考えています。大抵毎日どこかで起きている殺人事件について毎回自分の問題として向き合うより、多くの事件を統計的に分析して背景を探ったり、その分野の専門書を読むほうが社会を理解するためには有用だと考えています。個別の事件でも重要な判例はチェックします。

今回もできるだけ関連するニュースは見ないようにしていますし、 素人が適当に分析している加害者心理を見かけてもスルーしています。

メディアに対しては、

マスコミによる被害者遺族のコメント取りは不要、加害者家族のコメント取りも不要 - 斗比主閲子の姑日記

テレビや新聞などの報道関係者が被害者遺族のコメントを取りに行って、そのコメントを流すようなことは、好ましいと思っていません。

(中略)

それと、以前から書いている通り、私は、加害者家族へのコメント取りも好ましくないと思っていて、加害者家族のコメントも興味がないことを合わせて表明しておきます。

事件の被害関係者や加害者家族に積極的にアプローチするのは好ましいと思っていません。他の人にとってニュースバリューがあるとしても、事件場所や関係者の映像を流すのも私は見たくない。もちろん、関係者当人たちが"自主的に"表現したいのであれば、それは当人たちの自由だと思っています。

また、このような事件があったときに、親や教師ができることを議論するのはあまり意味のあることだとも思っていません。たぶん、全国のPTAで話題になっているだろうけれど、私は私が所属している学校のPTAでは、「普段どおりにしましょう」と言うつもりです。親にも教師にも負担が重すぎる。

初心者でも分かるPTA ~マクロ編(全国組織、歴史、議論になる背景、地域差)~ - 斗比主閲子の姑日記

少子化が進み、親による子供への期待は高まり、教育はもちろん学校側には防犯であったりいじめ対策という直接教育に関わらないことにも期待値が高まっています。では、そういった親による学校への期待というのに学校や地方自治体が応えられる状況かと言えばそう簡単ではない。そして、勤労者の所得はここ20年減少し、共働きが増える中で、時間的にも経済的にも余裕は減っていっている。

ツッコミ待ち!?PTA全国組織会長の新聞インタビューでモヤモヤがスッキリ! - 斗比主閲子の姑日記

なお、蛇足ですが、PTAが学校に不審者が入らないよう門番をしているのは少しやり過ぎと思うかもしれません。この点については、会長が所属しているのが兵庫県のPTA協議会であり、1997年の神戸連続児童殺傷事件、2001年の附属池田小事件(池田市は兵庫県に隣接)という事件の影響が少なからずあったのではないかと推測します。

一方、今回の件に直接的に関係する機関において、大人が子どもを守っているというアピールを一時的にするのは意味があると思います。防犯という意味ではなく、子どもが守られているという意識を抱き、心の回復の助けになるかもしれない。私は専門家ではないので、あくまで推測。

話は変わりまして、日本の交通事故死は毎年約4000人、他殺による死亡者数は毎年約300人ぐらいです。この数字は歴史的に見ても、他国と比較しても圧倒的に低い水準で、しかも毎年減少しています。

交通事故での死亡者数は毎年約4000人、他殺による死亡者数は毎年約300人 - 斗比主閲子の姑日記

特に、赤の他人による他殺が減少したために、他殺の多くは親や知人が起こしているものが大半になっています。だから、赤の他人による他殺は目立つ。珍しいから。

交通事故の"報道"が相次いだ今年2019年4月は、

昨年同月・同年前月と比較しても、交通事故件数・交通事故死件数は減少していました。

統計表|警察庁Webサイト

実態として治安はよくなっている一方で、相変わらず、治安は悪くなったと思っている人が多いのが現状です。

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※画像は、内閣府『治安に関する世論調査』から

治安が悪くなったと思う人や、個別の事件事故で悲しみたいと思う人は、そのように思うことは私がどうのこうのできるものと思っていませんし、どうのこうのしたいとも思いません。

ただ、私自身は、今の日本はとても安全で暮らしやすい国になってきていると判断しています。安全にかけるコストをこれまで以上に強いるようなことを、誰かが、私や私の家族に求めるようなことがあれば、私は反対します。もちろん、他人が自身の判断で安全にかけるコストを自ら負担しようとすることは止めません。

虐待死でも交通事故死でも、この手のニュースに引きずられて落ち込んでしまうことが多いという人は、ニュースをシャットダウンしたり、家族や知人と過ごす時間を増やしたりするといいと私は思います。オフラインが難しければオンラインでもいい。ゲームの中でも。

少なくとも私はそうしています。阪神大震災、東日本大震災のときにも、そうして心が救われました。悲しみの渦中に、誰かと一緒にいることで心は楽になりますよね。ポケモンGOのいつものレイドの面々と顔を合わせるのとかでも。

以上、あの事件について私が思っていることです。

総集編みたいになりました。つまり言っていること、考えていることは前からほとんど変わっていないということです。目新しさはありません。でも、毎回書き続ける、言い続けることに多少の意味はあると思っています。