今日は一人小町(一人で発言小町みたいな回答をするもの。基本要望に応じた反応をする)です。インナーペアレント。

Q. 長年「相手に合わせれば丸く収まる」と思って生きてきた。抑圧を緩めて自分の感情や本音を安全に表現できるようになりたい
※太字はtopisyu
斗比主閲子様
初めまして、昔からブログを拝読させて頂いています。今回はお恥ずかしながら、私の性格と友人関係についてアドバイスをいただきたくメールさせていただきました。
私は50代で、数年前に外科手術を受けました。 それ以来とにかく疲れやすく、2日連続の外出後はぐったりしてしまいます。
それと同時に、長年の親友との関係がとてもしんどくなっています。
これまでは私が運転して旅行・ライブへ行き、私も楽しみつつ彼女の気晴らし役もずっと担ってきましたが、私の体調が変わって予定を減らすようになってから、彼女から「早く元気になってよ〜」「うつじゃない?」「私と出かけたくないの?」「何も言わないし」など、特に夜の別れ際に詰問調で責められることが増えました。
会うこと自体が怖くなっていて、心が休まりません。
私は子供の頃から親に「口答えするな」と繰り返し言われ、親友にも間違った意見を出すと鬼の首を取ったように正当性を主張されてきた影響で、自分の本音や感情を強く抑圧する傾向があります。
具体的には:
・自分の疲れの重さ(二日連続が特にきつい、外出=気晴らしにならない)を「とにかく疲れやすい」「家で伸びていたい」と控えめにしか伝えられない。
・「会うのが怖い」「距離を取りたい」という本音を罪悪感とともに押し込んで、表面上は穏やかに振る舞ってしまう。
・親友に頼みごとをされた時、瞬時に「自分の意見は大したことない」「黙っていれば安全」と考え、断れずに合わせてしまう。
・情報が親友の親に筒抜けになるのが昔から嫌で、詳しく話すことを避けてしまう。
この抑圧が強いせいで、親友には「何も言わない」「感情がない」ように見えてしまい、結果として詰めがさらに強まる悪循環になっています。
「私の言葉が足りないのは事実」と思う一方で、夜の別れ際に詰問調で来られると本当に辛いです。
長年「相手に合わせれば丸く収まる」と思って生きてきたので、自分の基準を持ったり本音を出すことに強い罪悪感と恐怖があります。 「私は逆らってはいけないのか…?」という古い回路が今でもふと浮かんできては、ざわつきます。
抑圧を少しずつ緩めて自分の感情や本音を安全に表現できるようになりたいと思っていますが、どうしたらいいかわかりません。
いいトシをして、今さら何を言っているのか…と、自分でも思っています。もし宜しければご回答いただければ幸いです。何卒よろしくお願い申し上げます。
一読者より
A. 心のざわつき自体が既に大きな一歩です
メールありがとうございます!
こういうこと書くと、人でなしだと思う人が一定層いるのは理解しているのですが、今回のモヤモヤはとてもほっこりしました。このブログの読者であれば理解できると思いますが、なんというか、とても出来立てホヤホヤのモヤモヤだったからです。
50代で、こんな悩みを持って恥ずかしいということですが、私にとってはとても美味しく頂けるものでした。どうぞご安心ください。
その上で、
抑圧を少しずつ緩めて自分の感情や本音を安全に表現できるようになりたいと思っていますが、どうしたらいいかわかりません。
へのお手伝いを良いモヤモヤへの御恩返しとして書きますね。
第一に、私から何か言うまでもなく、
それと同時に、長年の親友との関係がとてもしんどくなっています。
と感じている状況自体が、しんどいかもしれませんが、すでにご自身の本音を語れる段階に入っています。だって、これまでは、その親友にいいようにされてきても、付き従ってきたわけですよね?
こういう価値判断は医療関係者なら絶対やらないでしょうし、やるべきではないですが、私は別に専門家でもない、王様の耳はロバの耳的な位置づけなので申し上げると、その親友と呼ぶ人、間違いなく、あなたを使い勝手が良い召使いのような存在として利用してきた人です。親友だったら、あなたの体調を慮ってこそ、こんなことは言いません。
これまでは私が運転して旅行・ライブへ行き、私も楽しみつつ彼女の気晴らし役もずっと担ってきましたが、私の体調が変わって予定を減らすようになってから、彼女から「早く元気になってよ〜」「うつじゃない?」「私と出かけたくないの?」「何も言わないし」など、特に夜の別れ際に詰問調で責められることが増えました。
でも、そんな人であっても親友としてきたのは、その関係性に恐らく安心感があったからで。親から言われた生き方と同じ生き方をしていけば正解だった(それ以外の正解がなかった)あなたにとって、自分を蔑ろにする人こそ、気持ちよく付き合えて来たのではないかと思います。
だから、すでに、この人物に対して、
「私の言葉が足りないのは事実」と思う一方で、夜の別れ際に詰問調で来られると本当に辛いです。
こう思えている時点で、すでに、これまでと違う自分の生き方を探そうとしている、大きな一歩を踏み出していると私は捉えました。インナーペアレント(心の中で築き上げて、自分をコントロールしようとする親)からの脱却プロセスですね。
親のやり方を今から間違っていたと自分の心の中で整理するのは難易度は高いでしょうが、目の前で、あなたに対して理不尽を強いてきている、この人物を、少しずつ距離を取ることは今からであればまだ実現可能でしょうし、実際に既に行動に移し始めているのではないでしょうか。
実際、以前のように、その人の気晴らしに付き合わなくなっているわけですよね。それに対して、まともな人間であれば「仕方ないか」と思うところを、呪詛の言葉を投げかけ続けている、その人は、正直まともな人ではありません。
このまま少しずつ、その人と距離を取りながら、「また、呪詛言っている。正直ウザい、面倒くさい」と思えるようになったら、それ自体が、自分の感情に素直になっている状態です。
あなたを好き勝手利用してくる人間に対して、面と向かって、「私を利用しないで」と言う必要はありません。私もそうですが、多くの人々は面倒臭い、自分勝手な人とは距離を取るだけで十分です。
この後は、低い自己肯定感を高めるために、自分を愛するステップをいくつか踏んでいくことになるでしょうが、まずは、すでに”親友”を付き合いたくないと思えていること自体が大きな一歩だとお伝えするところで、今回は終わりにします。
以上、今日はこんなところです。お役に立てれば幸いです。
これを読まれたみなさんも、どうぞetsuko.topisyu@gmail.com まで、ブログにそのまま掲載してもよい、ほっこりエピソードをご気軽に送ってください。私が一言コメントを付けてブログに掲載します。
なお、投稿にフェイクを入れるのは確認で時間がかかるので、ご自身でするか、私に全面的にお任せする形でお願いします。また、どんな方向でコメントをしてほしいかも書いてくれたら、期待に応えるようにします。罵ってほしい、褒め称えてほしい、傾聴してほしい、何でもOKです。
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※こういうメンタリティの人間が書いているお金の本です。珍しいですね!

















































