斗比主閲子の姑日記

姑に子どもを預けられるまでの経緯を書くつもりでBlogを初めたら、解説記事ばかりになっていました。ハンドルネーム・トップ画像は友人から頂いたものです。※一般向けの内容ではありません。

"育休は「伝染」する"(山口慎太郎『「家族の幸せ」の経済学』より)

私は毎朝、日経新聞を読んでいます。好きなのは、マーケット商品と経済教室と社会面です。どれも日経新聞では後半2/3ぐらいから登場するため、私のようにこれらの紙面に注目している人間は少数派だと考えられます。

マーケット商品の面白さは、店先で売られている物の値段がどうして変わっているのかが分かることです。アメリカでは夏場はBBQするから牛肉の値段が落ちにくいとか、まだBBQ需要が落ちてないみたいで牛肉の値段は引き続き高いとか、冗談みたいなことが本気で書いてあるのが好きです。

「最近トマト高いんだよね」「なんでトマトが高いの?」「何でだと思う?」「旬じゃないから!」「それも一つ。他には?」 - 斗比主閲子の姑日記

社会面が好きなのは、読売新聞や朝日新聞に比べて扱う題材が紙面の都合から個別事件が少ないのと、統計的な解説が多めなところです。無意味であり有害である、加害者親へのインタビューなんてほぼ見かけない。

そして、今日の本題の経済教室について。経済教室は、大きく3つの記事で構成されていて、メインの経済教室と、読者投稿の私見卓見と、経済学者による連載記事のやさしい経済学があります。

この中で私が特に好きなのが、やさしい経済学です。タイトル通り、やさしくて、しかも新進気鋭の経済学者が最新の研究結果を披露してくれるから、私のような怠惰な人間にとってはとてもありがたい。

前置きはこのへんにして、今年の7月のやさしい経済学で、東京大学准教授の山口慎太郎さんが「人材投資としての保育」というタイトルで、育児に関する経済学的な研究成果を紹介されていました。

いつものようにTwitterに放流したら、著者の山口慎太郎さんに引っかかり、その上、フォローもされてしまいました。 

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せっかくフォローしてもらったのだし興味もあったので、『 「家族の幸せ」の経済学』を読んでレビューするのがこの記事の目的です。

「家族の幸せ」の経済学?データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実? (光文社新書)

「家族の幸せ」の経済学?データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実? (光文社新書)

  • 作者: 山口慎太郎
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2019/07/26
  • メディア: Kindle版
 

※大竹文雄さんと中室牧子さんが帯を書いているのは最強。

結論から書くと、私が他の本を読んで知っていることが7割ぐらいあったけれど、体系的にまとまっていて、読み手にもやさしく書いてあるので、まだこういった関連の本を読んでいなくて、出産・育児絡みで論文や数字を紹介している本を探している人にはオススメです。

ただ、著者も書いている通り残念ながら日本の話が限定的なのと、複数の要因があるときにそれぞれがどれほど効いているかが説明が乏しいのと、筆者の研究がちょっと説明不足な印象はありました。

大きく6章で構成されていて、それぞれの私のオススメ度も書いておきます。

第1章 結婚の経済学 ←△ 目新しさがないのと推察がちょっと雑
第2章 赤ちゃんの経済学 ←× 経済学というより医学情報。専門領域ではないし表現が危ういところもあり不要では?
第3章 育休の経済学 ←○
第4章 イクメンの経済学 ←◎ ノルウェーの研究が面白かった
第5章 保育園の経済学 ←◎ 筆者の本領発揮
第6章 離婚の経済学 ←△ 目新しさがない

それで、記事のタイトルの"育休は「伝染」する"というのは、オススメ度◎の第4章 イクメンの経済学に登場するものです。

日本人男性の育休取得率は地を這うような状況で未だに5%ぐらいなのは有名ですが、育児に手厚いと思われる北欧諸国のノルウェーでも1990年代前半では男性の育休取得率は3%ぐらいだったそうです。それが2007年には男性の育休取得率が7割になったと。

この上昇に何があったかをノルウェーの経済学者が調べたところ、同僚や兄弟が育休を取得していると育休取得率が11~15%上昇し、上司が育休をとったときの影響は同僚が育休をとったときの影響の2.5倍(つまり、この上司の部下は30%ぐらい育休取得率が上昇しているということかな?)ということが分かったらしい。

日本は同調圧力が強く、かつ、育休取得で職場で不利に扱われるのではないかという不安がありますから、たぶん、同じ方法が効きますよね。日本人男性の育休取得率を上昇させるためには、企業で育休を取得する集団にはできるだけ上役を入れて、その後も降格降給が起きることを防ぐようなインセンティブ設計を政治的に取り組むといいのかなと思って読みました。

もう一つのオススメ度◎の、第5章 保育園の経済学では、ジェームズ・ヘックマンのペリー就学前プロジェクトを紹介しつつ、幼児教育(保育園)が日本においても、特に母親の学歴が低いと有益であることを筆者の研究を抜粋し説明しています。

しびれたのは次の図。

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※p.210より

母親の学歴が4大卒以上だとその母親への保育園通いの影響は良い意味でも悪い意味でもそれほど大きくなさそうなのだけれど、母親の学歴が高卒未満の場合はしつけの質は良くなるわ、ストレスはめっちゃ減るわ、幸福度も上がるわでいいことしかない。顕著すぎる。ちなみに、保育園通いの子どもへの良い影響も、学歴が低い母親の子どものほうが大きい。

本の中では、幼児教育の受益者は社会全体だということが触れられていますが、これだけ効くのが本当であるなら、学歴が低かったり、恐らくは相関しているだろう収入が低かったりする家庭に対して、少なくとも幼児教育をアウトソーシングするハードルを下げるというのは政策的に進めるべきことなんだろうなと思いました。

虐待も貧困層で多いしな。難しいのは、貧困層の親の親にこそ根性主義が根強くあったりすることだけれど……なんてことをつらつら考えながら読みました。

以上、山口慎太郎さんの『「家族の幸せ」の経済学』のレビューです。