斗比主閲子の姑日記

姑に子どもを預けられるまでの経緯を書くつもりでBlogを初めたら、解説記事ばかりになっていました。ハンドルネーム・トップ画像は友人から頂いたものです。※一般向けの内容ではありません。

准保育士導入で主婦の働く機会が増え、待機児童問題が解決される?

こんな報道がありました。

「准保育士」導入を検討 政府、子育て経験女性を担い手に :日本経済新聞

待機児童が問題になる中で、その原因は保育士不足で、"保育士が足"りないのは保育士資格の取得が難しいからだから、"子育て経験がある主婦"が取りやすい資格を導入したらいいのではないかという話です。

かなりモヤモヤしたので少し背景を調べてみました。モヤモヤしなかった人は読まれないことをお勧めします。

 

保育士が不足している?

まず、保育士が不足しているという話から。

子どもを保育所に預けることができず、職場復帰を諦める女性はなお多い。今は保育所を造っても、保育士が足りない問題が深刻だ。育児経験のある主婦は数多くいるが、保育士の国家資格を得るには専門知識を学び、実技試験に合格する必要があり、主婦にとってはハードルが高い。

確かに保育所は作っているんですよね。その定員増ほど待機児童者数は減っていない。じゃあ、それが保育士数が足りていないからかと言えば、

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『待機児童解消加速化プランについて』平成25年5月9日 厚生労働省(PDF)

保育士資格登録者数は100万人以上いるのに保育所に実際に勤務している人はその40%を満たないわけですね。有資格者数を見ればこれだけいるのに本当に"足りない"のか?

 

主婦は子育て経験があるから保育士に向いてる??

続いて、

分科会は、国家資格の保育士より簡単な試験や研修で取得できる准保育士という民間資格の新設を提案した。専門知識のハードルを下げる一方で、主婦の子育て経験を重視する。現在でも保育士の資格を持たない人が補助として保育所で働くケースもあるという。

"主婦の子育て経験を重視"というのが凄いですよね。女性限定なのか。子育て経験があればプロとして保育ができると考えているのか。主婦の料理経験を重視して準調理師としよう、主婦の介護経験を重視して準介護士としようと言えば変な理屈だと分かりそうですが。

 

有資格者が保育所で働かない理由

では、当の有資格者はどうして保育所で働かないのでしょうか。これについては、共同通信配信で、同じく日経が今年1月に厚生労働省調べとして報道しています。

求職しない潜在保育士、「賃金合わない」47%:日本経済新聞

保育の仕事を希望しない理由を複数回答で尋ねたところ「賃金が合わない」が最多で47.5%。厚労省によると、保育士の平均給与(2012年)は月21万4200円で、全業種の平均より10万円以上低かった。

 そのほかの理由は「他業種への興味」43.1%、「責任の重さ・事故への不安」40.0%、「自身の健康・体力への不安」39.1%、「休暇が少ない・取りにくい」37.0%と続いた。

 

 こうした問題が解消された場合は保育士を希望すると回答した人は63.6%に達した。保育現場での勤務経験がない人は30.3%。経験者668人のうち、5年未満が50.7%を占めた。

要するに賃金が安い、責任が重い、他の仕事の方が魅力的、体力に不安、休暇が取れないということですよね。

 

とすると、必然的に准保育士を設けるのは、資格のハードルを下げて賃金が安くても働ける人材を増やし、保育士不足を賄わせようというように穿って見てしまいます。

 

ニュースソースを確認

推測だけしてもしょうがないので、どういう意図で主婦を准保育士にさせようとしているのか、ニュースソースを確認してみることにしました。

 政府の産業競争力会議(議長・安倍晋三首相)が14日に開いた「雇用・人材」の分科会で、民間議員が提案した。政府が成長戦略を改定する6月に向けて、女性の活躍を推進する政策の提言をまとめる。

ということですから、"産業競争力会議の「雇用・人材」分科会"の3/14の回を探せばいいわけですね。

それがこちら(第7回 産業競争力会議雇用・人材分科会 配布資料)で、まだ議事録は開示されていませんが、配布資料だけは読むことができました。

成長戦略としての女性の活躍推進について(PDF)

 

※本ペーパーは民間議員の意見を踏まえ、主査の責任のもと取り纏めたものである。

民間議員の意見を踏まえということですから、多分これですね。ちなみに、「雇用・人材」分科会の民間議員は、みずほの佐藤元頭取が例の件で辞任されたので、今は武田薬品の長谷川社長、東レの榊原会長、竹中平蔵氏ですから、このうちの誰かが提案したのでしょうか?規制緩和に詳しい人??(産業競争力会議の民間議員全体の中での話かもしれません。

 

主婦の雇用機会を増やし保育士不足を解決する?

この配布資料を読むと、前文で、安倍政権が掲げる「女性が輝く社会」と女性就労の改善について絡めた話があった後で、今回の准保育士導入が子育てインフラ整備の一つの策として提案されています。

成長戦略としての女性の活躍推進について(PDF)

(1)社会における子育てインフラの整備

(中略)

② 育児経験が豊かな主婦層の就労機会の拡大

○都市部を中心とした深刻な待機児童問題は、保育士不足が大きな要因である。そのため、育児経験の豊かな主婦の力を保育の現場で活用する。

・保育士試験の回数の増加や、試験内容を育児経験が正当に評価されるよう実践的なものとすること、試験合格科目の有効期間の延長等、保育士不足解消に必要な見直しを行う。

・准保育士資格(民間認証)を設け、育児経験ある主婦層の就業機会を増やし保育所の質の向上を図る。

インフラ整備の話なのに、主婦の就労機会の拡大として保育士にさせてみてはということのようです。

日本では出産を期に仕事を辞めると再就職が厳しいわけですが、それで子育て経験のある主婦を保育所で働かせれば、女性の就労機会も増えるし、保育環境も向上するから一挙両得という話ですね。

 

既存の保育士の否定?

メッセージとしてはそういうことかと思いますが、もう少し細かな部分を読むと、単に准保育士を導入するという話ではなく、保育士資格についても見直しをするみたいですね。"育児経験が正当に評価されるよう"ということですから、これがそのまま通るなら、育児経験がない人は資格取得が(相対的に)不利になる。

そして、"育児経験ある"主婦層が増えれば保育所の質が向上するということですから、単に人数が足りるだけでなく、経験ある主婦が関われば保育所が良くなるという話。

これは、保育士団体が反発するのは当然でしょうね。これまでの試験は実践的ではなかった、有資格者が多いのに資格を簡単にして合格者を増やす、主婦が入れば保育所の質が向上するというのは、既存の保育士を否定しているようなものですから。

日経の元の記事にあるように、2007年の規制改革会議でも同じ議論があり、その時にも関連団体は反対していました。

「准保育士」導入への反対表明

 

全国保育協議会と、全国保育士会の反対理由としては、

(1)保育士資格保有者が働ける労働環境の整備を優先すべきである。

(2)保育現場は専門性の高い人材を求めている。

(3)保育の質の低下につながる。

(4)混乱を生じさせる「准保育士」の名称の導入には反対する。

というところですが、保育士の置かれている環境は変わっていませんから、恐らく反対事由も同じでしょうね。子育て経験のある人の参加については、 

  なお、社会全体で子育てを支える環境づくりが求められている中で、子育て経験のある人や関心のある人が子育ての「支援者」、「協力者」となる取り組みを否定するものではない。 

当時から否定していません。

なお、準保育士を保育士と違って民間資格とするというのはどういう意図なんでしょうかね。規制緩和の一環なのか、責任の所在を民間とするためなのか。

 

背景にあるのは『待機児童解消加速化プラン』

求職者の数を増やせば賃金が下がるのは当たり前の話ですから、やはり、保育所で、主に主婦層を、保育士(と准保育士)として、低賃金で働かせるという目的の規制緩和と見えますが、これの背景には、安倍政権が掲げる『待機児童解消加速化プラン』があります。

女性が輝く日本へ | 首相官邸ホームページ

この『待機児童解消加速化プラン』では、保育士数を増加させるだけではなく、既存の保育士の処遇改善についても含まれています。有資格者の掘り起こしも。

求職しない潜在保育士、「賃金合わない」47%:日本経済新聞

厚労省の推計では、「潜在保育士」は全国に60万人以上。政府は昨年4月、17年度末までの5年で40万人分の保育の受け皿を整備する「待機児童解消加速化プラン」を打ち出したが、定員の急速な拡大で保育士が約7万4千人足りなくなると予測している。

 保育士の待遇改善のため、厚労省は平均勤続年数に応じて賃金を上乗せできるよう私立保育所などに補助金を支給。全国のハローワークでは保育士の応募が一定期間ない保育所に求人条件見直しなどの相談に応じている。潜在保育士確保策としては、現場復帰に必要な知識を学ぶ講座や実習などを実施する施設などに助成金を出している。

少子化対策と同じく、今回の件も数多くある待機児童解消のための施策の一つということです。

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待機児童解消加速化プランの支援パッケージの概要について |報道発表資料|厚生労働省

 

締め

保育所を増やし、現状の保育士の処遇を改善するといのがシンプルですが、それには財源が必要になります。

現状保育所運営に関わる費用は年間1兆4千億円です。公費9千億円、保護者が5千億円の負担。

保育所に勤務する保育士が約40万人で一人あたり年収を仮に300万円としたらそれで1兆2千億円。年収を1.5倍の450万円にしたら1兆8千億円となります。6千億円の増加。6千億円の財源は簡単には見つかりませんよね。

専業主婦層の中には働ける環境があるだけでありがたいと考える人はいるかもしれませんし、低賃金で働いてくれる人が増えれば恐らく保育料も下がる可能性が出てくるでしょうから子を持つ親としては助かる。

 

ただ、それでも、保育士の就労環境の現状の厳しさを維持していいわけではないですし、主婦だから子育てに精通しているといった発想は必ずしも正しいとは言えないと思います。低賃金なまま、責任が重ければ長期間定着する人は少ないでしょうし、必ず誰かに負荷がかかる。

となれば、保育士の責任はそのままに賃金を増やして、責任の軽い賃金の低い準保育士を指揮するなんて方向性にもなりそうです。

 

何にせよ、今後の動向を継続ウォッチですね。

 

以上、本題です。以下、余談です。

 

 

 

余談

先日、ワタミについての記事を書いたところ(ワタミは十分に体力がない企業なので最低賃金での雇用を継続するべき - 斗比主閲子の姑日記)、ブックマークコメントで、「これまでのキャラと違う記事を書いている。アクセス数の魔力?」みたいなものがありました。 

Tumblr時代からのtopisyuウォッチャーからすれば、topisyuが社会問題に言及するのは今に始まったことではないことはご存知かと思いますが、Tumblrにある500ぐらいの記事を全部読むのは大変でしょうから、一応、過去こういった社会的な話に言及している例をいくつか紹介しておきます。

元トピ職人の解説など • [コラム]孫への贈与が非課税になることの発言小町への影響
元トピ職人の解説など • [コラム]産経新聞"10代から「女性手帳導入」"の釣り解説
元トピ職人の解説など • [コラム]「婚外子」相続差別違憲判断について小町脳的Q&A

 

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