斗比主閲子の姑日記

姑に子どもを預けられるまでの経緯を書くつもりでBlogを初めたら、解説記事ばかりになっていました。ハンドルネーム・トップ画像は友人から頂いたものです。※一般向けの内容ではありません。

「あなたがイメージする『人生』を、手元でスケッチしてみてください」←してみた

タイトルで面白そうだと思い踏んでみたら、

40代以上に共有したい中年期のキャリア論 - Speaker Deck

スライドがあって、「あなたがイメージする『人生』を、手元でスケッチしてみてください」と問われました。

※スライドの3枚目

何か得られるかなと思い、最近の私はアウトプットをまずはAIに任せるようにしていて、Geminiを使って、次の画像を出力してもらいました。

入力したプロンプトは、「まったいらな地面に、座禅を組んだ棒人間。周囲は白黒」です。思ったような画像が出てくるまで、5回微調整しています。

で、続くスライドでは、このイメージの自己分析をすることを指示されました。あくまで私が人生をどう認識しているかを出力しただけなので、分析するようなこともないなと思いましたが、切り口がいくつか紹介されていたので、それに当てはめて回答を作ってみました。

  1. それは、 何かの 「モノやコト」 に喩えられますか?
    → 喩えではなく、事実の認識としてって感じかな。
  2. それは、 「あなたの人生」 をイメージして描きましたか? それとも自分と関係ない 「模範的」 あるいは 「一般的」なイメージですか?
    → 自分の人生をイメージして描きましたが、私に限らず一般にも当てはまるでしょうね。
  3. それは、どこから始まっていて、どこを終わりとしていますか?
    → 特に起点、終点はありません。
  4. 「あなたの人生」 をイメージして描いた場合、あなたの 「これまでの人生」 を振り返って描きましたか? 「これからの人生」 を想像して描きましたか? 両方ですか?
    → 両方です。
  5. あなたの 「これからの人生」 を想像して描いた場合、 それは「あなたが希望する」 イメージですか? それとも 「あなたの見通し 予測」 を表したものですか?
    → 希望でもなく、見通しでもないかな。事実の認識。

たぶん、この回答で何となく伝わると思いますが、もう少し言語化すると、私にとっての人生は、人間でなくても、動物でも、虫でも、更に言えば無生物でも変わらずで、世界にただ一つ存在している感じなんですよね。人生は人によって長い短いはあるけれど、どこかに行ったり帰ったりするわけではなく、上がったり下がったりもなく、そこにずっと存在している感じ。座禅をしているのは、足があると動きそうな感じがあるので、動かないことを示すために。

もちろん、外から見た私は、物理的に縦や横に移動するし、社会的な地位の上下もあるし、何らかの成長はあるだろうけど、内心では、そういった物理的な、社会的な、発達的なもので、自分の人生は認識はしていません。

これが、私の分析なんですが、その後にスライドを進めると、一般的には人生は山登りで捉えられ、そうすると下り道はネガティブで受け止め難いものだから、山登りイメージから解放された多様な発達を志向すると良いのでは?という話が展開していました。

この論自体は理解できるんですが、私が人生のイメージを出力したのと話の流れが全然違っていたので、こういう展開をしたいなら、「人生をグラフにたとえると、右肩上がりですか? 山型になりますか? それ以外ですか?」というシンプルな問いかけをしてくれた方が良かったと思いました。

もし、そういうお題だとしたら、私は「X軸にべたっと真っすぐな線になります」と回答したと思います。私の「人生」のイメージからしたら、そうなりますね。

で、たぶん、多くの人が「こいつは何を言いたいんだ?」と、すでに脱落していると思います。

ここまで我慢して読んできた人にお伝えしておくと、「人生で何かを得る・得られることをイメージしているとシンドいので、棒グラフにでも表現できる、分かりやすい尺度の何かで人生を認識するのは、手放した方が生きていて楽」と言いたくて、私の思考を書き出している次第です。

私も紙の本の中ではリスキリングの勧めを書いていて、中年になっても何かを実行したり、獲得したりすることはまったく否定しません。社会が複雑化する中で、人生が長くなるんだから、中年での能力開発の必要性は上がる。

ただ、自分の人生を能力開発と一致させちゃうと、どうしてもシンドくなることがあって。だって、能力って必ず得られるものじゃないし、能力が常に維持されるわけじゃないですしね。仕事だって、誰もが何か成果を出し続けられるわけじゃないし。

スライドの中でも中年期の喪失感を紹介してますが、喪失感って何かを獲得できていると思っているから生じるんですよね。何かを獲得できていなくても問題ないって認識していれば、喪失感は生じにくくできる。

何だか精神論ばっかり言っていてピンと来ないと思われる人はいるでしょうが、はい、今回の話は最初から最後まで精神論です。中年期を迎えて苦しさを感じている人がいたら、私みたいな心持ちで楽になれるかもって一つの例として紹介してみました。

今日書きたかったことは以上です。ではでは!