斗比主閲子の姑日記

姑に子どもを預けられるまでの経緯を書くつもりでBlogを初めたら、解説記事ばかりになっていました。ハンドルネーム・トップ画像は友人から頂いたものです。※一般向けの内容ではありません。

産休育休 × リスキリング × 日本型雇用システム = 混ぜるな危険!

岸田首相が、自民党の参議院議員大家さんの代表質問に乗っちゃって、炎上していました。

「育休中のリスキリング」発言 野党が岸田首相を批判: 日本経済新聞

自民党の大家敏志氏は27日の参院本会議の代表質問で「産休・育休中のリスキリングでスキルを身につけたり学位を取ったりする人を支援できれば、キャリアアップが可能になることも考えられる」と主張した。

首相はこれに「育児中など様々な状況にあっても主体的に学び直しに取り組む人々をしっかりと後押ししていく」と答えた。

岸田首相は自分のところの代表質問に、いつでも政府がリスキリング支援をするというざっくりとした話で返しただけなので、代表質問をした大家さんが非難されるのは分かるけど、岸田さんはとばっちりだなというのが個人の感想です。

今日は、フルタイム管理職で年収2千万円、スプラを毎日プレイしつつ、複数人の子どもの育児をして、ここ2年でデジタル領域である情報セキュマネ試験・応用情報技術者試験・プロジェクトマネージャ試験に合格した、政府の考えるリスキリングのモデルみたいな私の視点で、大家さんの代表質問の問題点と、そもそも論としてリスキリングが日本型雇用システムではたして機能するかについて、ちょっと書いてみます。

産休育休 × リスキリング = 混ぜるな危険!

問題の大家さんの代表質問は、自民党が全文公開しています。

第211回国会における大家敏志政策審議会長代理 代表質問 | 政策 | ニュース | 自由民主党

岸田総理は施政方針演説において、「構造的な賃上げ」政策の一環として、新たな分野で活躍するための能力・スキルを身につけること、いわゆるリスキリング支援を位置付けておられます。企業経由が中心となっている在職者向け支援を、個人への直接支援中心に見直すことなど、意欲的に取り組んでいくことは極めて重要です。

岸田総理、ぜひともご検討いただきたい新しいリスキリング案を、私からお示しいたします。

子育てのための産休・育休を取りにくい理由の一つが、一定期間仕事を休むことで昇進・昇給で同期から遅れを取ることだと言われてきました。

しかし、この懸念を乗り越えるために、産休・育休の期間にリスキリングによって、一定のスキルを身につけたり、学位を取ったりする方々を支援できれば、子育てをしながらもキャリアの停滞を最小限にしたり、逆にキャリアアップが可能になることも考えられます。

大胆なこども政策を検討する中で、たとえば、このような方々への応援として、リスキリングと産休・育休を結び付けて、産休・育休中の親にリスキリング支援を行う企業に対して、国が一定の支援を行うなど、親が元気と勇気をもらい、子育てにも仕事にも前向きになるという、2重・3重にボトルネックを突破できる政策が考えられるのではないでしょうか。

この政策によって、結婚・育児期に女性の就業率が低下するいわゆる「M字カーブ」や、出産時に退職、または働き方を変えて、育児後は非正規で働くようになる、いわゆる「L字カーブ」の解消にも資するものだと考えます。

今ある仕事が、近い将来、AIに取って代わられることも予想され、私たちのキャリアにとって、リスキリングが「当たり前」になる時代が来る中、私が提案したような、リスキリング支援メニューの拡充が必要になるのではないかと思いますが、総理のお考えをお伺いいたします。

※太字は筆者

太字部分は事実認識に問題があると私が思ったところです。

まず、「子育てのための産休・育休を取りにくい理由の一つが、一定期間仕事を休むことで昇進・昇給で同期から遅れを取ることだと言われてきました」というのは、確かに理由の一つではあるものの、代表的なものではないですよね。

ちょっと古いけど平成29年の調査では、育休取得しない理由は、「職場が育児休業を取得しづらい雰囲気だった」「会社で育児休業制度が整備されていなかった」「業務が繁忙で職場の人出が不足していた」「自分にしかできない仕事や担当している仕事があった」が、育休取得によるキャリアへの悪影響より断然多いです。

※厚生労働省資料から。赤線は元資料で最初から引っ張っられてます。←ここ大事

要するに、会社がしっかり育休を取らせるような体制が作れていないというのが育休取得できない理由の大きなところです。個人が育休中にリスキリングしたところで解決しません。だって、そもそも取りにくいんだから。

次に、リスキリングがM字カーブとL字カーブの解消に繋がるという点も、それは一部としてあるけど、M字カーブとL字カーブには他の要因の方が大きいというのがあって。

L字カーブという聞きなれない言葉が初めて登場した内閣府の報告書だと、M字カーブは解消されつつあり、L字カーブの解消方法としては女性の出産後の働き方の選択肢を増やすことを挙げています。

選択する未来 2.0 中間報告 - 内閣府

L字カーブや就業調整の解消に向けて、正社員に加え、短時間勤務の限定正社員等の選択肢を拡大し、女性の出産後の継続就業率を高めることが求められる。

政府はキャリアアップ助成金等で女性の正規化を重点的に支援するとともに、年齢階層別の女性の正規職員の割合を含め、企業等による取組実績の開示内容を拡充すべきである。公共調達での加点に加え、補助金の交付等に当たって女性活躍の状況に応じて加点や上乗せを行う取組を政府全体で広げていくことも検討に値する。また、出生率の上昇には特に労働時間の短縮の効果が大きいとの研究もあり(前掲図)、まずは 2019 年から開始された時間外労働の上限規制を着実に推進していくことが求められる。

※太字は筆者

日本だと、大学・大学院を卒業して正社員で働いていても、出産後は非正規になるのはよくあります。これはひとえに、出産後の子どもが小さいときに、母親への負担が大きいから(正社員で働き続けられない)というのがあります。

夫婦共働きで結婚してもキャリアを断念するのは母親、保育園で子どもが体調を崩したときにもまず対応するのが母親という状況です。L字カーブを解消したいなら、リスキリングより、働き方の柔軟化の徹底・非正規の待遇改善を企業側に働きかけた方がよほど効くはずです。

根本的に、企業側の対応がまだまだ不十分な中で、「個人が自分からリスキリングしたら全部解決じゃん!」って自己責任論的な提案したら、「いやいやいや」ってリアクションが来るのは当たり前のことです。

政府としては、産休育休の取得率を上げたいのは、少子化対策が背景にあります。だったら、産休育休の取得については、企業側への働きかけを引き続き継続・強化することを訴えた方がよほどアピールになります。

リスキリングと上手いことくっつけたつもりが、さらに女性への負荷を増すと受け取られ、結果的に産休育休の取得に繋がらなくなることぐらいの想像力は働かせてもらいたいところです。子どもを持つには安心感が必要なのに、不安を煽ってどうするのかと。

というわけで、産休育休 × リスキリング = 混ぜるな危険!

リスキリング × 日本型雇用システム = 混ぜるな危険!

あと、そもそも論として、育休産休取得時にリスキリングしたらキャリアアップできるかというと、個人的には疑問があって。

というのも、これも政府の資料で、経産省のデジタル絡みの検討会でのリクルートワークス研究所の見解では、リスキリングは日本企業の得意なOJTの延長ではなく、

また、日本企業ではスキルの可視化が得意ではないと紹介されています。

まさにこの通りで、産休育休中に限らず、いわゆる日本型雇用システム(メンバーシップ型)で、リスキリングしたって全然評価されないですよね。

労働法政策が専門の濱口桂一郎さんもブログでこう書かれています。

リスキリングとOJTと育児休業と: hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)

そもそも日本型雇用システムにおいては、リスキリングなどと称して会社のよそで一生懸命勉強しても会社は評価してくれず給料も上がらない(下手したら仕事をおろそかにして下らねえことしやがってと叱られる)。

それよりも会社の中で上司のみている前で、オンザジョブトレーニングよろしく、おぼつかなくても一生懸命仕事に取り組んでだんだんできるようになっていくのを評価してくれて給料も上がっていく。

日本の会社が評価するスキルアップというのは、会社のよそでやるリスキリングとやらではなく、会社の中でやる仕事そのものと二重に重ね合わされたOJTなのだ。

という構造の中で、育児休業なんぞをとってるというのは単に仕事をしていないというだけではなく(その分はノーワークノーペイでどこでも同じ)、OJTという形でスキルアップに一生懸命取り組むということをやっていないというマイナスにみられてしまう。

日本型雇用システムでは、リスキリングでは給料は上がらない。

これまた経産省の資料では、日本では社外学習・自己啓発をしない個人がめっちゃ多いけど、

そもそも企業が外で教育を受けることに消極的で、

会社として社員が自己啓発したところで処遇に必ずしも反映していないことを紹介しています。

企業側がこういう状況で、政府が個人に対してリスキリングをお勧めする仕組みを導入したところで、個人は評価される外資に転職するだけです。それは日本政府が期待するところではないでしょう。

というわけで、リスキリング × 日本型雇用システム = 混ぜるな危険!

締め

私自身は、子どもが産まれた前後でも勉強をし続けたし、もうこれ以上キャリアアップの必要がない現在でも、家事育児とスプラをしながら新しい領域の勉強は続けています。グリーン領域とか。

経産省の資料から。グリーンも政府が育てたい専門領域です。

でも、こういう人間は例外的です。

日本社会一般では、そもそも女性が産休育休明けでキャリアを作りづらい環境があり、また、男性はまだまだ育休取得への会社側の抵抗があり、そして、家事育児は女性の負担が相変わらず重たい状態です。

まずは男女ともに当たり前に産休育休を取れるよう、長時間労働を是正して多様な働き方を許容するよう、企業側に働きかけることが最優先。

リスキリングはこれとは別の話として、個人に対して支援策を導入するのはありとしても、企業の人事評価制度変更・人材DB構築を働きかける必要がある。

ほんと、「産休育休 × リスキリング × 日本型雇用システム = 混ぜるな危険!」なので、話を雑に一つにまとめないで、政府与党におかれましては、個別に丁寧に納得感を得ながら進めてもらいたいところです。