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斗比主閲子の姑日記

姑に子どもを預けられるまでの経緯を書くつもりでBlogを初めたら、解説記事ばかりになっていました。ハンドルネーム・トップ画像は友人から頂いたものです。※一般向けの内容ではありません。

「私は感情の起伏が激しく、怒りっぽい自分が嫌になります。怒りに関して心がけていることを教えてください」

今回も読者からもらったモヤモヤに軽めにコメントします。

 

怒りっぽい自分が嫌になります

斗比主閲子 様

初めまして。いつもブログやTwitterを楽しく拝見しています。Fと申します。

私は昨年出産しまして、育児の合間にとぴしゅ様のブログをチェックするのが日課です。特に育児に関連する記事が勉強になります。「毎日愛情表現をする」など、真似できるところから自分の家庭でも試しているところです。

前置きが長くなりましたが、私から見てとぴしゅ様はとても理知的で穏やかなお人柄に思えます。一方、私は感情の起伏が激しく、喜怒哀楽の中では「怒」エネルギーが強く、怒りっぽい自分が嫌になります。今年の目標は「感情のままに怒る回数を減らす」としているのですが、うまくいかないことも多々あります。

ちなみに、目標に対して行っていることとしては、

  • 怒りを感じた時は、一度深呼吸する。
  • 自分は「怒っている」と自覚する。

の2つに気をつけています。

ただ、もっとやれることがあるのではないかと思い、本など読んでみようかと思いました。そこで、感情のコントロールに関してとぴしゅ様おすすめの本がありましたらご紹介いただけませんでしょうか。

また、本でなくても、とぴしゅ様が「怒り」に関して普段こころがけていることなどありましたらそちらでもありがたいです。

突然のメールで恐れ入りますが、ご検討よろしくお願いします。

Fより

 

期待するから怒る、疲れているから攻撃に感じやすい

私の育児の記事が勉強になると言われるのは嬉し恥ずかしですね。n=1の話ですけど、どうぞ、使える範囲でご利用いただければと思います。

 

では、本題の怒りのコントローについて。

 

世の中には色んな人がいると思いますが、私は怒らないほうだと思います。人に怒るのが苦手というのもありますけど、どちらかというと怒ろうという気持ちにならないことのほうが多いですね。

これは子どもの頃からそうで、親に癇癪を起こした記憶もないし、反抗期も反抗してませんでしたし、人生で誰かを怒りで叩いたことも怒鳴ったことも、記憶にある限りありません。

私自身が怒らない理由は、他人に必要以上の期待をしていないというのがあります。怒りという感情は、自分が攻撃された、誰かに裏切られたという気持ちがあることで生まれます。逆に、攻撃されたとか裏切られたとか思わなければ、怒らないわけです。

私は酷い人は酷いことをするものだと認めているので、酷い人が酷いことをしても私に対する攻撃とは受け止めません。その人が酷いことをするのは当然なので、怒るのはおかしい。

以前から書いている通り、私は人を観察するのが好きなので、怒りにくいのはこれと関係してそうな気がします。他人がどういう人なのか、事象がどういうものなのかを察したり、把握したりすることが得意なので、必要以上の期待を何かに抱くことがないということですね。

 

この辺のところがよく分かるいい例を思い出したので紹介します。

 

高校生の私が自宅で勉強していたときのことです。家の外から私を呼ぶ声が聞こえます。何かと思って外に出てみたら、小学校時代の同級生が玄関にいました。その子は、他の友達から聞いた話では、何か友達を裏切ったらとかでトラブってその地域にはいられなくなっているという話を聞いたので(意味が分からないでしょうが、私が住んでいた地域ではそういうことはよくありました。学校が他校の生徒に襲われるとか)、無事だったのを素直に喜びました。当たり前ですが、高校は中退しているはず。

昔話をし始めたものの、その子は落ち着かない様子で、「近くのコンビニまで来てくれない?」と言います。何だかよく分からないですけど、コンビニで話してもいいかなとついていったら、コンビニの前に四人ぐらいの若者がたむろっています。

ガラが悪い連中だなと思っていたら、同級生のその子がその連中に話しかけるんですね。「連れてきたよ」って。何が始まるかと思ったら、その連中が私を囲んで、「お前、調子乗ってんだろ」と言ってくるわけです。

私は、少し離れたところにいる同級生の子に「え、これなんなの?」と聞くと、柄の悪い連中が「お前、いま、これって言ったか」「これじゃねえよ、人間だよ」みたいなことをガヤガヤ言い立てます。

その連中が車にでも乗ってきていたら話は別ですが、私を拉致できるような乗り物もなく、コンビニの店員にもこちらは見えているような状況だったので、変に挑発するよりも無反応で通したほうが安全かなと思い、その後は何の反応もせず無言で通しました。

大体30分ぐらい立ちっぱなしで「無視すんなよ」「何とか言えよ」みたいなことを言われ続けた結果、その連中は飽きたのか面倒になったのか分かりませんが、私の前から去っていきました。同級生の子も一緒にその連中についていき、私には何も言わなかったと記憶しています。

その後、「うわー、怖かったー!」「自宅に戻る途中で襲われたら嫌だな」と思い、しばらくコンビニで立ち読みをした後に、自宅までの道を行きとは違う道を使って遠回りして帰りました。

考えてみるまでもなく、私は同級生の子に裏切られて売られたみたいな状況だったわけです。でも、そのときにその子に対して腹を立てたかといえば、そういう記憶はないんですね。覚えているのは、「さすがにこんなことしてたらあの子友達なくすのは当然だわ」と、頭の中でその子のことを整理していた記憶です。「あの子はああいう子だから私を売っても仕方ない」と結論付けたはず。

 

我ながらどうかしていると思いますけど、こんな風に、自分が被害を被った、被りそうになったときに、対象に怒るというよりも、心の中で距離を取って対象を分析しようとしちゃうんですね。

だから、あまり怒らない、というか怒れない。

 

ただ、怒ることがまったくないかといえばそんなことはなく、物凄く気を張っているときに、パートナーの些細な言動に怒ることはあります。これは、私のパートナーへの期待値が高く、気を張っているから言動が攻撃に感じやすいという背景があります。

怒って問題を解決するのはあまり効果的ではないので、自分の中で怒りが発生するときは、「ああ、自分は精神的に余裕がないんだな」と思い、人とできるだけ接点を減らし、自分一人でいる時間を作り休息します。怒りを自分の精神状態を把握するためのバロメーターとして使っているわけですね。

 

あまり参考にならないでしょうけど、私の話はこんなところです。

 

一応、水島広子さんのこの本も何度目か分からないですけど、紹介しておきます。私がなぜ怒らないのか、理由が分かって、スッキリしました。もちろん、怒りやすい人も、ぜひ。 

「怒り」がスーッと消える本―「対人関係療法」の精神科医が教える

「怒り」がスーッと消える本―「対人関係療法」の精神科医が教える