斗比主閲子の姑日記

姑に子どもを預けられるまでの経緯を書くつもりでBlogを初めたら、解説記事ばかりになっていました。ハンドルネーム・トップ画像は友人から頂いたものです。※一般向けの内容ではありません。

私が稼ぐのでパートナーには好きな仕事をしてもらいたい

我が家が世帯年収2000万円で富裕層であるというのは周知の事実かと思いますが、年収の夫婦の内訳はこれまで書いてきませんでした。

内訳としては、私が多めでパートナーが少なめです。で、私は惰性で仕事をして稼いでいて、パートナーは本人が好きな仕事をしています。さらにいえば、私はほとんどお金を自分のために使いませんが、パートナーは自分磨き的なものにそこそこお金を使います。交友のメンテナンス費用の支払いも厭いません。一方で、家事・育児は少しパートナーのほうが多いぐらいです。

私は今の夫婦の収入と家事・育児負担のバランスは心地よいと思っていて、私はこれからも稼ぎ続けるので、パートナーには好きなことをしていってもらいたいと考えています。

根底には、パートナーの社会に対する意識や金銭感覚に対する信頼はあります。無駄なお金の使い方はしないし、使っているものは社会に対して貢献しているところがあると見ています。

私が仕事をするのが嫌だったり、稼いだお金をもっと使いたかったりすれば話は違うでしょう。ただ、私は仕事をするのは呼吸みたいになっていますし、お金の使い道も大してありません。家をリフォームすることや、子どもの学費・教育費を払うことや、寄付や投資をすることで私の消費欲はおおよそ満たされてしまっています。

その上で、私自身はもはや生きる意義は特になく、日々暇潰しをしている感覚であるため、パートナーが様々なことにトライしている姿は、私にとって格好の暇潰しになるわけです。育児と同じです。子どもが交友関係を広めるのを面白がるのと同様に、パートナーが謎の人脈を開拓しているのは大変興味深い。

子どもはいずれ家から出る可能性はそこそこあります。そのときは私の暇潰しが減少するのは確実なので、パートナーが私の暇潰し要素として機能してくれるのは、離婚をする可能性はあるものの、そこそこありがたいリスクヘッジというか、ポートフォリオの一つなわけです。継続してもらうことに意義がある。

家族のあり方というのは必ずしも常に決まっているわけではなく、お互いの得たいものや感情や置かれている環境で変わります。今のところは、パートナーには私の暇潰し要員として末永くご活躍いただけるとありがたいなと今は考えています。

今日はこんなところです。