斗比主閲子の姑日記

姑に子どもを預けられるまでの経緯を書くつもりでBlogを初めたら、解説記事ばかりになっていました。ハンドルネーム・トップ画像は友人から頂いたものです。※一般向けの内容ではありません。

SNSで流行しているらしい「間接自慢」の心理

以下の記事について、こんな依頼がありましたので、書いてみます。

関係ないですけど、id:hinahoさん、入籍おめでとうございます。この記事の御代は、似顔絵で結構です。(嘘です。)

  • hinahohinahoトピシュ先生辺りにこのへんの心理とか解説してほしい気がした。こんなの普通狙ってやらないと思う 2014/09/21Add Starcider_kondo

 

「間接自慢」について

元記事で取り上げられている「間接自慢」とは、

Twitterやブログなど、ソーシャルメディアにUpする写真の「間接自慢」とはメインの被写体とは別の「真の自慢ポイント」を写り込ませる行為を指すという。

こういうものだそうです。

そもそも、その間接自慢という現象が流行っているかどうかは自分の観測範囲では認識していません。言葉としては、博報堂の原田曜平さんという方が、2014/9/19にテレビ番組で初めて定義したものであるようで、ライブドアのこのニュース以外では、まだほとんど話題にはなってはいないようです。Twitterでの検索結果は本日時点では20件ぐらいです。

"間接自慢" - Twitter Search

原田曜平さん自身はよく存じ上げないのでwikipediaを見ていたのですが、物凄く情報が細かいので、ページの閲覧履歴を見てみたら、2011年から原田さんのことと、原田さんを博報堂出身の著名人に博報堂のwikipediaのページで追加することだけしかwikipediaで投稿をしていない人がいました。熱心なファンがいらっしゃいますね。

Antnena123の投稿記録 - Wikipedia

 

本当に自慢することが目的なのか?

現象は見たことがないので、そういう人が実際にいるのを観察してコメントはできませんが、ただ、間接自慢と見える行為をしているだろうなという人が存在することについては理解できる部分があります。

"見える行為"と書いたのは、①意図的に自慢しているもの(自慢目的のもの)と、②意図的でなく結果として自慢に見えるもの(自慢目的ではないもの)が混ざっている可能性があるからです。本来的には①が間接自慢の対象となるはずですが、外部から観察した限りでは①と②は区別がつきません。

①を行う人の心理としては、原田さんが、

しかし、なぜこのような遠回しな自慢が、ソーシャルメディアに増えてきたのか。原田氏によると、現在のソーシャルな関係性の場では、個人の中に「自慢はしたい」が「あからさまに目立ちたくはない」といった心理が強く働くのだという。

とされています。これをもう少し補足すると、日本ではそもそもあからさまな自慢が嫌われるというところが前提条件になっているということを理解すると分かりやすいかもしれません。

皆さんご存知の通り、学歴や年収や美人であることや家族の自慢をしたりするのは日本では嫌われますよね。それがSNSでも同じということです。特に、中学や高校や大学などコミュニティで縛られがちな人の場合、そのコミュニティ内での立ち回りについては慎重さが求められる一方で、ヒエラルキーの中で上位に位置できるように自慢もする必要があるので、その絶妙な状態で、間接自慢というものが生まれているのだとしたら、(見たことないですけど)分からなくもないかなと思います。もし、増えているのだとしたら、SNSがリアルのコミュニティと不可分になってきたということなんでしょうかね。

文化的には、年賀状でマイハウス自慢をする人や、元彼に今彼の存在をあてつけるために彼氏を後ろに立たせた写真をmixiに投稿したりなんてことは、以前からもよく見かけるものですから、ほのめかすというのは日本人は好きだと思います。

 

自慢目的でないものを「間接自慢」として攻撃する

①の自慢目的な人の場合に「間接自慢」と評するのは分からないことはないですけど、②の自慢目的でない人に当てはめるとそれは攻撃になります。

ライブドアの記事では、

先日、歌手の板野友美が、水着でキャンプを楽しむ様子をブログにアップした際、写真の端にEXILEのTAKAHIROと非常によく似たタトゥーを施した人物の腕が写っていたことが大きな話題となった。現在は削除されているこの投稿も、実は板野による「間接自慢」だったのかもしれない。

こんな例が出ています。これを「間違い」ではなく、「間接自慢」としてしまうと、板野さんがせこくて陰湿な人に見えますよね?

マネージャー等も見ている広告媒体である自分のブログで、ファン向けにそういう写真を投稿して、それで後になって削除するというのは、自慢目的だったかというとかなり疑わしい。もちろん、意図は本人しか分かりませんが。

このように、「間接自慢」という言葉は、気に食わない人間を批判するときに使うのに大変有効です。あからさまな自慢だけではなく、自慢に見えない自慢も、間接自慢という言葉を使えば、批判できるわけです。同じように使われ過ぎている言葉としては、「マウンティング」なんていうのもありますね。何でもマウンティング扱いにしちゃうと、相手は常に加害者で、自分を被害者に置けちゃう。

 

締め

自慢目的で「間接自慢」という行為をする人がいる可能性があるとして、この言葉がもし流行るとしたら、自慢目的ではない人を「間接自慢」として叩く方向性で発展するんじゃないかなと思います。

Facebookでは充実した生活を日々紹介している素敵な人々に対して嫉妬する人は結構いらっしゃいますよね。そういう人からすると、「彼女の写真に写っている家具はイタリア製だ!間接自慢だ!!」「また、新しい指輪が増えてる!間接自慢だ!!」「あ、子供服がブランド物だ!間接自慢だ!!」なんて風に「間接自慢」という言葉がとても便利な言葉になる。

他人の行為を「間接自慢」と定義するのではなく、他人の行為を「間接自慢」と受け止める人の心理(や置かれている環境)を色々推測する方が個人的には好きです。