斗比主閲子の姑日記

姑に子どもを預けられるまでの経緯を書くつもりでBlogを初めたら、解説記事ばかりになっていました。ハンドルネーム・トップ画像は友人から頂いたものです。※一般向けの内容ではありません。

あるコミュニティに依存しちゃうのはリスクが大きいんじゃない?という話

表題の件、子供の時から提唱し続けて、親から煙たがられていたんですが(「お母さん、もっと父母会以外の人と関係持ったほうがいいよ!」「は?」みたいな)、たまたま、Twitterでフォローしているid:kanoseさんが自画自賛して紹介していた記事を読んだら、

自分がこれまで言ってきたことと同じようなことが書かれていて、「世の中、自分が思いつくことはみんな考えているものだなー」と思いつつも、ということは、それだけ汎用性がある話かもしれないので、今回書いてみることにしました。

内容は、kanoseさんの記事でも書いてあるとおり、

尊厳もリスクを考えて分散させ、多様なリソースで確保する。尊厳ポートフォリオを作り、自分の尊厳のリソースの配置を意識しておく。

ネットに尊厳のリソースを求めている人と議論しちゃいけないってオオツネさんがよく言うけど(オオツネさんの場合「自尊心」)、ネットに尊厳のリソースを求めること自体が悪い訳ではなく、尊厳のリソースの多くを求めることがまずいんだろう。

これと同じようなもので、まとめると、「ネットでも日常生活でも、どれか一つのコミュニティに依存すると、何かあった時に大変だから、自分の居場所は複数作っておくと安心だね」という話です。それ以上でも、それ以下でもないので、続きは好きな人だけ読んで下さい。ちなみに、ここで紹介したkanoseさんとはこの人で、オオツネさんとはこの高田純次です。 

ホムンクルス 1 (BIG SPIRITS COMICS)

 

ポートフォリオの形成によるリスク分散

それで続きを書こうとしたら、ほとんど同じようなことを、自分と同じで姑大好きなすいちゃんマムさんが昨日書かれていました。

依存先の分散 - すいちゃんマムの日記

最近は、依存先の分散、ということをテーマに暮らしています。ちょっとカッコつけた言い方ですけど要は特定のグループにどっぷりはまらないってことです。

私の場合、今の主な所属先は家庭、保育園、会社ですね。この所属先自体は変わらないんですけど、その中でも特定の人・グループに依存しすぎないようにしようと。

(中略)

まぁ世慣れた人からしたら何をゴチャゴチャ言うとるんじゃいと呆れられそうですが、とにかく友人関係の細かいことに振り回されたくないんですね。依存していると相手の発言や行動が自分の方を向いていないと気になってしまう。Facebookの投稿に別の人と一緒に写ってたりすると「あれ?自分は呼ばれてないのに…」とか思ったり、「私よりあの人との方が話がはずむみたい…」とか勝手に想像してへこんでしまったり。

そういうことでの分散なのです。‥できればご近所とか自治会とか学生時代の友人とかにも範囲を広げたり、イベントなんかに参加して新しい知り合いを増やすとか。Twitterもその一つ。(あ、もっと言えばTwitterの中でも分散しておきたい)

(中略)

でも、分散する=人間関係を広くすることで、いろんな見方を知ることができて自分の視野も広がるから、好循環につながりそうな気もします。なんてとってつけた言い訳かな?まぁやってみます。

ほんと、同じです。現代ポートフォリオ理論での、分散投資でリスクを減らそうというののリターンをアイデンティティに置き換えたようなもの。人間関係を色んな所で確立しておくと、どれか一つのコミュニティでのモヤモヤもあんまり気にならなくなって人生気楽になりますわよね、奥様という話です。

 

SNSがコミュニティ分散を意識させる?

こういう風に連続して見かけるぐらいなのだから、やっぱり、これは、一般的に取られている戦略なんでしょうね。仮に、意識している人が今増えているとしたら、考えられるのは、今はなきmixiとか、現役のTwitterとか、Facebookとか、SNSだとコミュニティの使い分けができる機能があることで、そういった機能が、コミュニティ分散を後押しさせている面もあるのかもしれません。mixiのコミュニティや、FBの記事の投稿範囲をゾーニングするのなんかは分かりやすい。

そういうコミュニティ分散を自然と意識する人が増える一方で、ネット上のコミュニティに依存する人も同じぐらい出てきてそうですが。

 

Twitterにハマる人の心理は?

ここまで書いて、先週こんな依頼を頂いたのを思い出しました。なぜTwitterにハマる人がいるのか教えてほしいというものです。

ツイッターにはまる人に関しての解説をお願いします

トピシュ様

匿名で失礼します。
どうでもいいようなネタなのですが、お時間があれば解説をお願いします。

ツイッターを2010年頃登録して、友人たちを見つけたり見つけられたり、著名人の発言を読んだりしていましたが、断片的な情報の積み重ねなので読むのが大変なことと、つぶやきに返事をされても気づくのが3日後だったり…といったことが多くなり、今では完全放置しています。

ツイッターを有効活用されている方々を否定しているわけではありません。私はフェイスブックも週に一度くらいしか見ないので、自分にはツイッターが合わないというだけで、ツールとしては面白いものだと思います。

しかしはまりすぎる人の心理がわかりかねます。

きっかけは、少し前の記事ですが、トピシュさんの天敵と思われる人に興味をもち、Twitterをウォッチしていたら一日起きてから寝るまでツイートしている様子がわかりました。

ウォッチついでにその人のフォロワーさんの様子もみてみると、一日中ツイートしているような方が多い。正直驚きました。なぜそんなにつぶやくのだろう。テレビをみてる自分の感想を実況中継するにしても多すぎる。音声入力なのだろうか…? 

こういう、はまる人の心理を解説していただけたら嬉しいです。

メディアとしての活用ということではなく、個人がハマる理由を考えて欲しいというものです。

この一つの答えとしては、ここまで書いてきたように、Twitterをコミュニティと考えて、そこで積極的に自分の地位を確立しようとしている人はいると思います。Twitterへのコミュニティ依存。「何であの人は私をフォローしてくれないの」「ふぁぼもリプライもないし、私のことをミュートにしてるに違いない」なんて言っている人なんかはそういう傾向があるんじゃないでしょうか。

自分は一日中小町の釣りトピをTweetしていた時期がありましたが、あの頃を振り返ってみると、「これをやらなければいけない!」みたいな強迫観念がありましたね。子供にミルクをあげながら、小町の一日のトピ150ぐらいを毎日チェックして、全トピの釣りトピ判定をしていました。

依存している人以外に、そういう何かに取り憑かれたような人もいるでしょうし(キーワード検索で女性専用車輌肯定派を探しだしてひたすら糾弾リプライする人とか)、Twitterの場合は、周りに人がいるという意識を持てやすいのもありますよね。この依頼者さんが例に挙げられたように、周りの人が自分と同じように呟いていると、その呟きのタイムラインを見ているだけで、誰からもリプライがなくただ一人で呟いていても、誰かがそれを共有してくれている気がする。人に話しているような気になれる。聞いてくれる人がいて話す会話と、誰も聞いてくれない会話だと、前者のほうが断然話したくなりますよね。

後は、とにかく頭の中を吐き出すことが大好きな人も世の中には一定数います。例えば、自分がウォッチ対象にしている方5人のうち2人は、

@topisyu/ウォッチ対象 on Twitter

一日のTweet数が多すぎて、フォロー非推奨なんてことを呟かれているぐらい、よくTweetされています。こういう人は、コミュニティ意識や誰かに見られているという以外に、Tweetするのが呼吸のように当たり前なんだろうなと思って見ています。ライフログ?

 

締め 

取り留めのない話になりました。

ある特定のコミュニティでの自分の存在を特に高めたいというのは、選択と集中という観点でありでしょうけど、突発的なアクシデントには弱いですよね。ネットの場合だと分かりやすいのがアカウントを削除されちゃうこととか(運営会社に命握られるみたいな)、実生活だと会社をクビになるとか。

複数のコミュニティで、それなりに気楽なポジションを作るのは、出来る人には簡単だけど、出来ない人には魔法みたいに見えるでしょうから、全員が全員できることではないと思いますけど。

また、リスクフリーだと思っていた家族というコミュニティが、実はデフォルト寸前だってこともあるでしょうし、ハイリスクだと思っていた不倫相手が終の棲家になることもあります。コミュニティのリスクとリターンについては人によってバラバラというのが人間関係の面白いところですが、読めないからこそ、分散したほうがいいとも言えるわけですよね。

健康第一で、上手くコミュニティとは付き合っていきたいものです。

 

 

 

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