斗比主閲子の姑日記

姑に子どもを預けられるまでの経緯を書くつもりでBlogを初めたら、解説記事ばかりになっていました。ハンドルネーム・トップ画像は友人から頂いたものです。※一般向けの内容ではありません。

なぜ出版社勤務だった人がプロの校正者になっているのだろうか?

先日、元専門書出版社編集者で現校正のプロの方から電子書籍についていただいたメールを紹介したところ、この方とは違う校正のプロで、ツッコミ特典にご応募されたもう一人の方(プロファイリングをされるんじゃないかと感想を送るのも躊躇された方)から、また興味深いメールをいただきました。こちらも公開の許可をいただいたので、お裾分けします。 

 

プロの校正者からいただいたメール

なぜ出版社勤務だった人が校正者になるのかについて一例の回答を

斗比主 閲子様

ごぶさたしております。

電子書籍の発売の折、プロファイリングされるのを恐れて感想をはぶいたまま(笑)校正をお送りいたしました、校正業を営むミチコと申します。

先日公開されました、もう一人の校正業の方の校正指摘の一覧、たいへん興味ぶかく拝見いたしました。

せっかくなので、斗比主さんが、

専門書出版社目線で見た電子書籍の個人出版 - 斗比主閲子の姑日記

なぜ専門書出版社勤務だった方が今は校正をやられているのか、その背景を色々知りたくなりましたが、それをやると「やっぱりプロファイリングする気でしょ!?」と思われそうで我慢しています。

このような興味を持たれたことについて、斗比主さんの興味への一例の返答になれば……と思い、私の知る校正者事情について、軽く連ねてみたいと思います。

 

最初から校正者というルートはメジャーではない

「最初から校正者になる」というルートはそもそもそこまでメジャーではなく、編集者やライターがスライドして校正業も行うようになる例が多いです。

このような形が多い事情について、私は厳密なことは存じあげませんが、ひとつにはまず単純に校正業それ自体がマイナーであり、最初から(=新卒で)そこを目指す若者があまりいないこと、もうひとつには、校正作業そのものの特質として「適性の有無が大きい」という点が作用していると思います。

その主な理由は校閲工程にあります。わたしたちがよく「素読み」と呼ぶ作業です。ちょっと話が脇道にそれてしまいますが、かんたんに説明してみます。

いま、多くの現場で求められている校正者のスキルには、ざっくり分けて、照合を主とする「校正」系と、事実確認や読みやすさへの貢献などを含む「校閲」系があります。

「校正」は誰がやっても結果が完全に同一になりますが、「校閲」は個々人で結果が異なります。この「校閲」の部分に、向き不向きというか、適性というか、各人の持ち味が出てきやすいのです。

そんなわけで、編集やライティングを通して「自分は校正・校閲に向いているらしい」という適性確認を済ませ、それを支える出版常識も身に着けた結果として、「こっちのほうがいい」と、校正業にシフトする人が多いのだと思います。

つまり、校正者とは2番目、3番目にたどりつく職であり、適性が流れつかせる場所と言えます。

ちなみに、2016年現在、校正・校閲部を社内に持つ出版社は極めて限られております。校正工程のアウトソーシングが一般化して久しいですから、校正業に特化していこうと思ったら、単一の出版社に所属する形ではほとんどマッチしないと言ってもいいでしょう。

 

校正業は副業に向いている

もうひとつ、副業型で働く方がある程度多いのも校正者の特徴と言えます。

校正者の就業形態は、主に、出社型、派遣型、在宅型(「託校」と呼びます)があり、案件によっては、在宅での作業が許可されております。

従って、本業や個々人の事情などで、スケジュールが規則的でなかったり、フルタイムでの勤務が難しい方が、空いた時間で在宅で作業している……という状況も見られます。校正業収入の不安定さを飲み込めるのであれば、日々の時間的段取りにはかなりの自由が効くわけです。

※ブクマコメントでid:nyaaat氏が言及しておられる通りです。

専門書出版社目線で見た電子書籍の個人出版 - 斗比主閲子の姑日記

分かるこれ。3000部はすごい。ブログ➡電子書籍の可能性に着目している。あと、激務が嫌になった編集者が校正者になるのは割とよくあります(校正者の方が仕事量をコントロールしやすいため)。

2016/05/20 10:33

もちろん、このようなフリーランスめいた形での受注には相応の実力と信頼が必要ですし、何よりも、校正作業のスケジュールを校正者側がコントロールすることはほぼないので(たかだかいち校正工程が、発売スケジュールを動かせるわけがないのですよ!)、言うほどフリーダムにスケジュールが組めるわけではありません……と、「やってみたいかも」と思った方向けにちょこっと釘をさしておきます(笑)。

そのあたりを解決するための手法や対策ももちろんありますが、ここでは詳細は省かせてください。

 

まとめ

ならべて整理しますと、

  1. 校正者はなり手が限られていて、競争がそこまで激しくはない
  2. 適性があれば、編集やライティングとの共通知識も多く、シフトがしやすい
  3. 副業型の校正者がいるくらい、一日単位での働き方の調整がしやすい(部分がある)

などの事情があります。

適性その他の条件を満たした人であれば、自分自身の希望をかなえた毎日を送りやすいので、関連業種から流れ着く形の方が多数おられます。他にやりたいことがある方、激務の期間と長期休暇の期間を交互になど、メリハリをつけて働きたい方などもいますね。

寡黙に淡々と机に向かう校正者の姿はあくまで裏側で、表ではもっと華やかに活躍している方もいる……というところが面白い点かと思います。

以上、いち校正者からのご説明でした。

私が観測している範囲では……という内容なので、校正業界全体の俯瞰としては正しくない個所もあるかと思いますが、そのあたりは割り引いてお考えいただけますと幸いです。斗比主様、およびそのブログの読者様であれば、このエクスキューズは拾ってもらえるものと思いますので。

以上になります。

長々と失礼いたしました。面白がっていただけていればよいのですが。今後のブログの更新も、楽しみにしております。

校正 ミチコ

 

topisyuのコメント

メールを頂いた時に思ったのは、本当に校正のプロなんだなということですね。

嘘をついているんじゃないかと疑っているわけではなくて、過度な一般化を避けつつ、できるだけ丁寧に言葉を選んでいらっしゃる。そして、プロフェッショナルとしての矜持も感じられる。

どんな仕事でもプロがいるわけですが、しっかりプロをされている方の文章というのはその仕事のプロでなければ表現できないものがある。そういうところが味わえるんじゃないかと思い、今回紹介させてもらいました。

 

私も知り合いに出版社勤務の人がいますけど、働きマンじゃないですが、かなり変則的な働き方をしているんですよね。生理が遅れるなんてザラみたいなところがある。そういうのを見ていると、なるほど、ある程度校正の素質があるのであれば、時間的融通が効く校正業に移るというのは、ありえるのではないかなと得心するところがあります。

働きマン(1) (モーニングコミックス) 

※ポーズはウルトラマンのオマージュなんですけど、その安野さんが庵野さんと結婚するのは面白い

校正業を校正と校閲に分けるという切り口も面白いですね。電子書籍のツッコミ特典に応募いただいた方の大半は校正目線でしたが、一部校閲目線の方もいらっしゃいました。人によって見るポイントが全然違うのを眺めるのも大変楽しかったです。

 

しかし、少なくとも二人の校正のプロがこのブログを読んでいる可能性があると思うと身が引き締まるところはありますね。読者には出版社勤務の方も何名かいらっしゃいますし、ブログは面白いなとつくづく思う次第です。

 

今日は校正業に触れましたが、せっかくなので今週は『本』という切り口でいくつか記事を投稿することにします。お楽しみに!