先日、私の電子書籍へのプロの方による校正箇所を紹介したところ、同じ方から、今回の電子書籍の発行部数についてメールをいただきました。こちらが大変興味深かったたため、許可をいただきお裾分けします。
プロの校正の方からいただいたメール
3ヶ月で3000部はスゴイですよ!
3ヶ月で3000部と伺い、それは、相当に優秀な売れ行きと数値だと思いました。
しかし、ブックマークコメントを見ると、「そのくらいしか売れないのか」「もっと売れてほしい」という傾向でしたので、一般の方の書籍発行部数に対する認識と、実際の発行部数との間には、相当な乖離があるのだなぁと改めて感じました。
以下、雑学の域になりますが、長文お許しください。
※下記の内容は、かなり具体的な数値に言及していますが、特定できる情報は入れておりませんし、最近の実態と一致しているとは限らないため、ご興味あればご公開いただいても結構です。
専門書出版社での経験談
私は、校正業を始める前、専門書出版社で企画編集者をしておりました。そのため、刷り部数と印税に関する知識がございます。
当時勤務していた出版社では、著者は主に大学の教授など、読者は専門職(まれに一般読者向け読み物)という、限定された著者と読者の間で生産・消費される書籍を作っておりました。
販売価格帯は1500円〜2000円、ページ数はA5版で128〜176ページ程度でした(単著は1000円代が多く、編著・監修は2000円以上が多い)。刷り部数は初版2000〜3000部、印税は10%です。印税のみで支払う場合は、原稿料なし。
分担執筆者が大勢いる場合は、分担執筆者には1回きりの原稿料を支払い、編者や監修者に印税2%…という形態が多かったかと思います(編集・監修印税は、2〜8%の間で変動がございました)。
そうすると、計算していただければわかるのですが、
- 単著1500円の場合:初版3000部で印税45万円
- 編・監修2000円の場合:初版3000部で印税12万円
(ちなみに共著や共編の場合、人数で等分します)
となります。
※参考として、最近『絶歌』の印税が1500万円だとニュースで騒がれたことがございます。『絶歌』は本体価格1500円、初版は10万部とされています。もし印税10%でしたら1冊150円で、10万部で1500万円となりますので、他社でも見られる平均的な数値かと存じます。
初版3000部を売り切るのは年単位
この初版3000部を売り切るのには、よほど勢いのある本でない限り、年単位の時間がかかります。専門書出版社でしたため、2000部はけるまで、好調な本で1年、通常は3年、3〜4割程度の確率で5年以上かかります。
初版発行時、著者にはすぐ献本分などを差し引いた部数分、印税が支払われますため、著者にとっては売れるまでの時間はあまり問題ではないのですが、出版社にとっては在庫=資産ですので、初版を売り切って原資を回収するというのは大変重要な課題です(少部数出版の場合、初版を売り切らないと原資が回収できません)。
電子書籍の印税率って高いですね!
3ヶ月で3000部に達する、というのは、少部数出版社にいた人間から見ると驚異的なスピードでしたため、思わずお伝えしたくなってしまいました。
また、斗比主さまの前回の記事では、Kindle本の場合、ロイヤリティ料率が35%とのこと、印税と比べて高いな、という印象です。また、一定の条件下で70%になるとのこと、これは、紙媒体の書籍ではありえない高率です。
250円の御書で約170円が著者の手元に入るということは、3000部で51万円(もちろん、収益を分配することは承知しておりますが)。1500円の単著より、印税総額が多くなります。
専門書出版社で、原稿を呻吟して書き、編集者の原稿整理と著者校正(1〜2回)を経て、企画発足時から平均1〜2年後の完成となります。また、紙媒体の書籍は、購入には検討を要する価格のため、すぐに手にとってもらいにくい欠点があります。
それと比較しまして、スピード感・著者の手元に入る価格・資産にならない身軽さ、という点で、Kindle本がいかに優れているか、斗比主さまの前回の記事を読んで、実感いたしました。
自費出版なら電子書籍のほうがいい?
趣味の範囲で出版したい著者にとっては、無理に自費出版社などで高いお金を払って紙の本を作るより、Kindle本の方が読みやすく買われやすいのではないかと思いました。(紙にしたいだけでしたら、オンデマンド印刷などの方法もありますし、自費出版社に持ち込むより手軽で収益につながりやすい)
出版社にとっても、資産にならず、倉庫の一隅を占領するということもありませんので、メリットはあるかと感じました。(もっとも、Amazonと出版社の間の契約がどうなっているかにもよりますが)
以上です。
長々失礼いたしました。
そして、大変有益な情報を、まことにありがとうございました。これからもブログの更新を、楽しみにしております。
コメント
以上が校正のプロの方からいただいたメールです。
なぜ専門書出版社勤務だった方が今は校正をやられているのか、その背景を色々知りたくなりましたが、それをやると「やっぱりプロファイリングする気でしょ!?」と思われそうで我慢しています。(プロファイリングされるのが嫌で感想メールも送るのに躊躇された校正のプロと、この人は別の人です。)
専門書というのは位置付けが結構特殊ですよね。私もよく専門書は買いますけど、あれは著者からすると営業ツールみたいなものだと理解しています。本をきっかけに講演の話が来たり、契約するみたいなことになれば十分ペイするから、執筆の時間や印税の少なさというのはあまり気にならない。
専門書出版社のほうも、そういう"先生"の講演会サポートをしたりとかもしますよね。たぶん、これも貴重な収益源になっているはず。在庫の本の取り扱いは悩みどころだと思いますけど。
この出版社の在庫については橘玲さんが以前から面白いことを書いていました。出版社は出版取次に委託をすると、委託した本の代金の何割かを自動的に売上?として出版取次から支払ってもらえるというもの。この一時的な金融機能があるからこそ、資金繰りに困っている出版社が、売れないかもしれない新刊本をやたらめったらに出してタコ足的に生き永らえているとか。
検索してみたら、同じ話については7年前にITmediaで触れられていました。
出版&新聞ビジネスの明日を考える:日販とトーハン、2大取次が寡占する日本の出版流通事情 (3/4) - ITmedia ビジネスオンライン
実は、取次と老舗大手・中堅出版社200社超の間には、新刊委託部数分に対して、翌月にその何割かのお金が自動的に支払われる取り決めがある。比率は出版社によって個別に決まっていて、10割のケースから4割のケースまでさまざまだ。新刊委託で送品した本が売れようが売れまいが、新刊本を押し込めさえすれば急場のお金が作れるから、委託販売を止められないのだ。
今年3月には取次中堅の太洋社が破産しましたが、
太洋社に連鎖した書店の倒産・休廃業調査 : 東京商工リサーチ
太洋社の2月5日以降の一連の動きに伴い、地域の書店が姿を消している。取次としての太洋社の存在は決して小さくない。ただ、太洋社のみの問題だけでなく、委託販売制度を中心とする出版業界独特の仕組みにも留意することが必要だろう。
これを受けて資金繰りに苦しんでいる出版社もあるんじゃないかと推測します。
出版社としては紙の本で在庫を持つデメリットは分かっていても、電子書籍で出すのは中間マージンの問題や取次との関係を考えれば難しい判断があるでしょう。懐かしいたとえかもしれませんが、固定電話を売っていたNTTはIP電話の販売に抵抗を示して、出遅れたところがありました。消費者が読書をする量を根本的に増やさないかぎりは電子書籍市場の拡大は、紙の市場の縮小になるんじゃないかという懸念もあるでしょうしね。昔の成功体験に縛られている人からするとリスクを冒したくないという発想もあるかもしれない。
……話が脱線してしまいましたが、思いつきでやってみたツッコミ特典(誤字脱字を指摘してくれたら特典を送付)でこのようなやり取りができるとは思ってもいませんでした。得難い経験です。どうもありがとうございました!