毎週恒例『ずっ独』への感想です。
ずっと独身でいるつもり? (67) 独身女は居場所がない | マイナビニュース
先日、『四十九日のレシピ』という映画のトークイベントに出ました。「子供を持たない女」の人生についての作品なので、一緒に出演してくれた日経エンタテインメント!の編集長の品田さんが、トーク前に初対面の私の気持ちを理解しようと、楽屋で結婚や出産についての質問を投げかけてくれました。
「結婚していて、子供もいるいわゆる勝ち組の女性から見下されているように感じるか?」「結婚してないことで、モテない女だとバカにされているように感じるつらさがあるのか?」……。それらの質問を聞いていると、自分でも思いがけない言葉が出てきました。
ここからの雨宮さんの言葉は必読です。内容は直接読んで頂くとしてtopisyuは、「辛いのは『独身女性はこう考えている』『独身女性は不要』とする社会の反応だ」と理解しました。
会話で表れるその人の立ち位置
このようにまとめてしまうと、質問された品田さん自身がそのような空気を作っている『社会』そのものではないかと受け止めてしまうかもしれませんが、雨宮さんの触れ方を読むに、品田さんに対して『社会』は感じられていないように読めます。
これは、恐らく、品田さんの質問を、読者や社会の空気を読み取って、読者や社会が考えているだろうことをあえて確認する、プロの編集者としての自覚的な質問であると、雨宮さんが判断されたからだと思います。
自分の立ち位置から話すこと
そして、雨宮さんのその後の回答とそしてその場で飲み込んだ言葉を比較すると、雨宮さんが自分の立ち位置に自覚的であることが分かります。これはここで言うべきで、これは独身女に誤解を与えるし、一般化できないので言うべきでないと区別している。他者に伝えるべき言葉を吟味しているプロの姿勢を感じます。
(そして、文字であれば整理できる、理解できるとして、このコラムでは飲み込んだ部分をあえて書いている。)
立ち位置に無自覚な人
昨日読んだ以下の記事では、自らの立ち位置(自らの思考の偏り)に無自覚な言葉を投げかける人が何人か登場します。
主語がデカい話は大体はみ出す少数派としての自覚 - ハート♥剛毛系
家人は仕事でキャバクラにいくと「キャバクラなう」と写真つきのメールを送ってくる。なぜなら、現場が辛いからである。
100%苦痛である、楽しくない。とは言わないものの、女の子の写真を送ってきて私が「かわいいじゃん」とか感想を述べることによってキャバクラを楽しんでいるふしがある。
この話をしたら以前「えー、パートナーさん、すごく優しいね。心配させないようにしてくれてるんだね!」と言われた。
いや、違う…。"
自分の思考に偏りがあるかもしれないこと、それによって誤った判断をしている可能性があること、そしてそれを発言することで相手との関係に齟齬を生んでいる。
この会話で、登場する話者が仮に自らの立ち位置に自覚的であれば、「あくまで自分から見てのことだけど」「私からしたら羨ましい!」という言葉が出てくる可能性があり、そうであればこの書き手さんも「違う」と思わなくて済んだ可能性がある。
自分の立ち位置から離れて離れて話すこと
私しか思っていないことをみんなが思っているとしてしまう、一つしか事例を見ていないのに一般化してしまう……。立ち位置から離れられないためにやってしまうことです。そして、客観性を失っているために、聞き手・読み手の信頼を失う。
自分の立ち位置から常に離れて考えることができるのは才能で、普通はできないことだと思います。ある意味自分がないというか、自分を捨て続ける必要がある。
客観性を担保できるよう、自分の言葉の納得度を高めたい。でも、立ち位置を捨てる、自らの思考の檻から逃れることは難しい……。実際はそういうものですから、その立ち位置や檻に自覚的であろうとし続ければ、(才能ある人のように俯瞰的に物を見ることまでには至らずとも)最低限の客観性を維持した発言はできると考えています。
回答
ということで、この記事は以前頂いたご質問の回答の一部になると思います。
「言語化するプロセスが大好き」って才能があるからな訳で(実際分析力すごいし)、見習いたい気も。あ、その分析工程の解説記事も読みたいです。 2013/12/06
topisyuが分析力があるとしたら、自分の立ち位置に自覚的でありたいと考えていることが寄与しているのではないかと思います。