斗比主閲子の姑日記

姑に子どもを預けられるまでの経緯を書くつもりでBlogを初めたら、解説記事ばかりになっていました。ハンドルネーム・トップ画像は友人から頂いたものです。※一般向けの内容ではありません。

そういえば子どもから「なんで勉強するの?」と聞かれたことがない

たまに、「子どもから『なんで勉強するの?』という質問にどう答えたらいいか」というトピックが話題になりますよね。

先日そういう話題を見かけたんですが、そういえばうちの子どもたちから「なんで勉強するの?」と聞かれたことがないと思ったので、「『なんで勉強するの?』って疑問を呈したことあった?」と子どもたちに聞いたら、やはり親に質問をしたことがないということでした。

ついでに、「『なんで勉強するの?』って聞いてみたくなることなかったの?」と質問したら、「勉強する理由は分かっているから質問はない」「たまに難しいことを勉強していると大変だと思うことはある」というリアクションでした。

話はこれでほぼ終わりなんですが、なぜ我が家の子どもたちが勉強をすること自体には疑問を覚えないというのを考えてみると、たぶん、親が勉強し続けているところを子どもが見ているのは一つの要素としてあるだろうなと思っています。

子どもの「なんで勉強するの?」については、①「子どもだけ勉強しているのはおかしいのではないか?」、②「この勉強自体は何の意味があるのか?」という大きく2種類の要素が混じっていますよね。どちらかというと①の割合が高め?

①については、勉強しているのが子どもだけではなく、大人になってからも他人がずっと勉強しているというのを見ていれば、不公平感は覚えにくい。

我が家では夫婦ともに、子どもの前で、本を大量に読んだり、コロナ禍ではWebでセミナー受けていたりしましたし、何やら試験勉強っぽいこともしていたりしたので、子どもは親が勉強をしているという認識はあります。

親がやっている仕事でも勉強の要素はあるわけで、我が家では親が仕事でどんなことをやっているかを子どもに分かる範囲で教えているので(パソコンのExcelの操作画面とか、英語での会議の場面とか見せているので)、仕事しているからって遊んでいるわけではないのは知っている。

②については、どうだろう。

少なくとも、小中学校あたりで勉強することは、日々の生活の延長に近い部分はかなりあるので、そこまで違和感ないだろうなと子どもたちが勉強しているものを眺めていて思います。特に、理科と社会。めっちゃ使える。

たまに、何かよく分からないものがあったら、Youtubeで検索すると誰かが基本から応用まで説明していたりするので、それを見れば済みます。いい時代になりました。

そうそう、「なんでこんなつまらない説明しかできない人の話を聞かなければならないの?」という問いかけは子どもからされたことがあります。教えるのが上手い人に教えられると好きになるけど、下手な人に教えられると嫌になるというのはあるあるですね。そういう意味では、子どもの「なんで勉強するの?」には③「教え方が下手で苦痛」という要素はある。

私も大人になった今でも話が下手な人の話を聞くのは苦痛です。大抵はエッセンスだけ掴んだら、細かいところは聞き流しています。話が長い人はその人の好きなように長く話せばいいけど、聞き手はその人の長い話を聞く義務があるわけではない。

子どもたちにも別に教え方が下手な人の話を無理して聞くという苦行をしてほしくないので(私が嫌いな言葉は「若い頃の苦労は買ってでもしろ」)、「理解できた上でつまんないと思ったら、周囲の人の似顔絵を描いたり、教科書を自分で読んだり、本を読んでたりするのがお勧めだよ」と伝えています。

勉強は役に立つ側面もそうだけど、得たもので世界が広がる・自信を得る喜びというものも確実にあるので、我が家の子どもたちが親と同様にこれからも学びに楽しみを見出してくれるといいなと思って眺めています。

はい、今日はこんなところで。みなさん良い一日を!