何か面白い小説を読みたいなと思って、最初に日本ホラー小説大賞受賞作をチェックしてみたんですけど、どうもピンとこなかったので、そういえば直木賞受賞作ってまともに読んだことがないのではないか?と思って、ネットでぱぱっと調べて、評判が良かった辻村深月さんの『鍵のない夢を見る』を読んでみました。辻村深月さんは名前を聞いた記憶は一回ぐらいある程度で、小説を読むのもこれが初めてです。
5つの話からなる短編集
この本は、5つの短編からできています。
それぞれ、『仁志野町の泥棒』『石蕗南地区の放火』『美弥谷団地の逃亡者』『芹葉大学の夢と殺人』『君本家の誘拐』というタイトル。どれも、20代~30代の、特徴が凄くあるわけではない、どこかにいそうな感じの女性たちが主人公の話です。舞台も登場人物もバラバラです。
本のタイトルである『鍵のない夢を見る』という名前の短編はありません。
もともとは小説系の雑誌に別々に掲載されていた5つの短編をまとめたので、タイトルは、この短編に共通する何かを示したものになるのでしょう。私の推測では、「人間誰もが出口を求めて生きているところがあるけれど、その出口に通じる、分かりやすい鍵は持っていないよね」、みたいな、たぶん、そんな感じがテーマじゃないかなと思います。
はっきりとはスッキリしない話だから、良い
見事にどの短編も、後味が悪いというか、分かりやすいスッキリさがないというか、喜怒哀楽のどこかに寄っているというより何というか曖昧なところがある、視界にモヤがかかったような話ばかりです。それが、非常に良かった。
そうそう、どれもとても楽しかったんです。面白くて、1時間ぐらいで読みました。
大体、どれも話の作りが似ていて、最初に主人公含めた主要登場人物が2~3人出て、途中は何とも冴えない、気分が高揚しないエピソードが続いていって、最後の方に、バタバタっと気分悪い感じでオチが来るみたいな流れです。
1編目の『仁志野町の泥棒』を読み終わって、2編目の『石蕗南地区の放火』の最初に入ったところで、「あ、構図が同じっぽい」と気付いて、以降の4編は、短編の最初の5ページを読んで、次はオチの部分を5ページぐらい読んで、その間の数十ページをところどころピックアップしながら戻って読むという読み方で読み切りました。
モヤッとした感じが伝わる具体例
この私が気に入ったモヤッとした感じを『仁志野町の泥棒』を使って説明すると、この短編では、クラスでそんなに際立ったところのない、決して賢くも見目麗しくもないだろう小学校3年生の女の子のミチルが主人公なんですね。
このミチルが、親の盗難癖があるせいで地域内での転校を繰り返す、りっちゃんが入学してきたおかげで、クラスでも人気者だった優美子とつるんで、小学校の高学年時代を過ごすことができた。仲良し三人組みたいな感じで。ミチルからすれば最高の時間だった。
でも、りっちゃんのお母さんがミチルの家にもお金をくすねようとしちゃって、りっちゃんもその後でミチルに泣いて謝りに来て、気まずい感じだけどまた仲良くし始めたんだけど、6年生の卒業制作のために訪れた文房具屋さんでりっちゃんが万引きしようとしたのを見かけちゃって、ミチルとしては嫌悪感が限度を越えてしまい、もう付き合えないと、その後は疎遠になってしまった。ミチルのほうから縁を切った感じで。
で、高校のときに、ふとしたきっかけでりっちゃんと遭遇することがあったのだけれど、りっちゃんはミチルのことをすっかり忘れてて。優美子の友達の一人という程度しか思い出してくれない。ミチルからすれば、りっちゃんとのなんやかんやは良い意味でも悪い意味でも、忘れられない記憶なのに。
それで、物語は終わりです。
物語の冒頭は、ミチルが大人になっていて、母親に連れられて仕方なく参加した、お伊勢参りのバスツアーで、添乗員さんがりっちゃんだということに気付き、りっちゃんが未だ地元に残っていて、姓が変わっていることから恐らくは結婚しているだろうことを推測して、あれこれ考えるところから始まります。あとは子ども時代の回想というわけですね。
ミチルの現在については学校の先生をしていることぐらいしか触れられていないけれど、ミチルが結婚していないことにちょっと焦りがあるっぽい感じで、自分の人生が定まっている感じがしないのは何となく分かるように書かれています。別に何か強烈な問題を抱えているわけじゃなさそうだけど、漠然と、ミチルは自分の人生を歩んでいない感が伝わってくる。
以上、『仁志野町の泥棒』を使って説明してみました。あらすじ自体よりも、このモヤモヤとした暗中模索ぐあいがこの小説の面白さだと思うので、あらすじを知っていたとしても、まったく問題なく作品を楽しめるのではないかと思います。
あとは、『君本家の誘拐』も良かったですね。主人公が育児ノイローゼになっているんですけど、女友達と絶妙な距離感になっていて、コミュニケーションがズレているのだけれど、ズレているところがまったく正されない(主人公も女友達も解決しない)ところが非常に良かった。いつぼぎわんみたいになるかなと思いつつ、実際にはぼぎわんっぽくならないところが良かった。
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締め
以上、『鍵のない夢を見る』のレビューでした。
全体的に不穏な感じはするんだけど、何というか、そこまで不幸な、どん底というわけでもない、ギリギリの、あるあるなリアリティが良かったですね。桐野夏生さんほど絶望感はない。
惜しむらくは登場人物がみんな若くて、経験していることもちょっと軽めなので、アラフォーの私が読むとちょっとライトに感じてしまったことでしょうか。
辻村深月さんはとても面白そうな作家さんだと分かったので、既婚子持ちのアラフォーぐらいをターゲットにした作品がないか調べてみたいと思います。お勧めを教えてもらえると嬉しいです。
※不穏な感じの表紙!