斗比主閲子の姑日記

姑に子どもを預けられるまでの経緯を書くつもりでBlogを初めたら、解説記事ばかりになっていました。ハンドルネーム・トップ画像は友人から頂いたものです。※一般向けの内容ではありません。

違和感のある"感動の物語"の作られ方

離婚前の最後の一ヶ月間妻からとあるお願いをされたという"感動の物語"がまた話題になっていました。

離婚の条件は「最後の1ヶ月は毎日私を抱きかかえること」妻の最後の願いに思わず涙 | エンタメウス

http://www.flickr.com/photos/56128541@N00/585653159

photo by Nicolás Orellana

 

以前の盛り上がり

前回は、2012年4月20日に有名ブロガーである百式さんが「素敵な話」として取り上げられ、

最後の1ヶ月 | IDEA*IDEA

それを、2012年4月22日にゲスブロガーであるHagexさんが「どこがいい話か分からない」とこき下ろしていました。

どこがいい話か全然わからない話 - Hagex-day info

当時Hagex経由でこの話を知ったtopisyuは、一読者としてどこがいい話か分からないのと同時に、変な話だなと思っていました。末期ガンなら見た目で死にそうなのは分かりそうなものなのに、死ぬ直前まで気付かないなんてことがあるのだろうかと。

 

前回と違う翻訳元

この一見するといい話、基本の流れが同じなので、前回と今回で翻訳元の文は同じかと思うかもしれませんが、出典は異なります。

百式さんの出典は、真偽不明のWeb上の物語を単に紹介しているサイトでしたが、

30 Days of Carrying My Wife

今回エンタメハウスでの出典は、真偽不明のWeb上の物語の真偽を検証しているサイトでした。

snopes.com: Carried Wife

 

2つ目のサイトを開くと"LEGEND"の文字が出ますよね。

LEGEND

この検証サイトであるSnopes.comでは物語を6つに区分しています。真実だとか、真実が混ざっているとか、嘘だとか。その内の一つが"LEGEND"で、この"LEGEND"とは邦訳すれば都市伝説といった感じでしょうか。明確に嘘かは分からないけれど、本当という証拠もないもの。

Snopes.comは、どのWeb上の物語についてもこの6つの区分で判定し、検証プロセスを書いてあるという、釣り判定ウォッチャーからすると垂涎のWebサイトとなります。この物語についても、話を引用した後で、"LEGEND"扱いした検証プロセスが丁寧に書かれています。

 

しかし、今回話題になったエンタメハウスの邦訳では、この検証プロセスについてはスルーして、

今にも離婚してしまいそうな夫婦。妻は夫に、彼女を毎日抱き上げるように求めました。文章はSnopes.comさんのものを和訳させていただきました。拙劣な文章ですが、最後まで読んでいただけると幸いです。

物語部分だけ訳したものでした。

 

本当は検証プロセスまで読むと、この話が単に泣ける話ではなく、違和感を覚える原因も理解できるのに、それはもったいないなと思い、検証プロセスについて紹介するのがこの記事の目的です。

 

邦訳分でも結構ですので、本文を読まれてからの方が以下は楽しめると思います。

 

英語圏の人と思われる妻が箸を投げる!?

邦訳にもある通り、夫から離婚を切り出された妻は、取り乱し、夫に箸を投げつけます。英語で書いてある話であることと、夫の浮気相手の女性の名前がジェーンなので、英語圏、特にアメリカの話として読んでいると若干違和感がある描写ですよね。英語圏で箸を使う人はそんなに多くないですから。

では、この点について、Snopse.comを読むと、

This tale of an errant husband who learns too late the value of his marriage has been circulating on the Internet since at least May 2004. 

We first spotted it as a newsgroup post originating from Malaysia, but even then its authorship was unknown. (The person who posted it said the item had been received in e-mail.) It has since rolled through a number of Asian online forums and newsgroups, only gradually escaping those confines to reach a larger international audience. (Now you know why the wife threw down her chopsticks.) 

(中略)

In that earlier version, the other woman's name was Dew (not Jane), the cheating husband was He Ning,

それもそのはずで、Snopes.comが出典元として確認した最初期の2004年5月の段階では、この物語はマレーシア発だったそうです。そして、(改変がされる前の)初期のversionでは、浮気相手の女性の名前はDewで、男性の名前はHe Ningだった。それがアジアで話題にたり世界に広まったということらしいです。

つまり、改変の結果、名前は変わったけれど、(舞台がアジアであったため)箸はそのまま残ったということですね。

ただ、マレーシアは基本的には食事に手やスプーンを使う国です。国教はイスラム教。箸を使うのは華僑が多いので、仮にマレーシア発であれば、マレーシアで比較的裕福な層である華僑の話でないと、「マレーシア発だから箸ね!」とは単純には言えないですよね。)

 

唐突に死ぬ妻!

そして、妻が離婚の条件として出したお姫様抱っこ生活が1ヶ月経ち、夫が花束を買って家に帰ると妻は死んでいるという問題のシーン。花に添えたメッセージカードで死が二人を分かつまで一緒にいようとは書いたけれど、それは結婚式のやり直しをしようというポジティブな話だったはず。それが、本当に死んでしまい、皮肉な話になってしまった。これも、唐突な印象がありますよね。メッセージカードに書いたら死ぬってデスノートですか。

それも、実は、

However, versions that began circulating in April 2007 changed all that with the addition of one line that was not in the original:

That evening I arrived home, flowers in my hands, a smile on my face, I run up stairs, only to find my wife in the bed - dead.

2007年4月に出回った中で追加された部分だそうです。元は花束を買ってその後落ちに繋がっていたのが、妻が死んでいたのを発見してしまうという文言が追加されてしまった。

 

取り乱した妻が聖者に

死んじゃうとなるとどうして死ぬかというのも気になりますよね。妻が実はガンだったという話も、2009年までには追加されたものだったそうです。

By May 2009, the "arrived home to find the wife dead" ending had been expanded to include the cause of death and to introduce yet another element of the wife's uncomplaining self-sacrifice: that she had deliberately concealed her impending demise and cooked up the whole "carry her to the door every day for a month" scheme as a means of keeping the marriage going until she kicked the bucket, thereby sparing the couple's son from the knowledge that his parents were divorcing:

My wife had been fighting CANCER for months and I was so busy with Jane to even notice. She knew that she would die soon and she wanted to save me from the whatever negative reaction from our son, in case we push thru with the divorce — at least, in the eyes of our son — I'm a loving husband....

そして、これによって、妻はまるで聖者のようになりました。元々は、怒りに我を忘れて箸を投げつけるような、よくいる普通の"浮気された"妻だったのに、ガンの話が追加されたことで、息子に夫婦の離婚の事実を知らせないために末期ガンでいつ死ぬか分からない中、結婚を維持させ仲良しアピールをする、"凄い"妻に。

結局、この部分も後で追加された話だから変だったんですよね。毎日抱き上げるというエピソードに末期ガンで死ぬという話を、死因を説明するために無理やりくっつけてしまった。

毎日抱き上げていて、情を取り戻していた夫が一ヶ月経つ前に妻の病気に気付いてしまうと、妻が死んで夫が後悔する最後のシーンが成立しなくなってしまうので、夫は浮気相手の女性と色々あって妻の変化に気付けないことにしないといけなかった。

物語をドラマティックにするために、夫をバカ者に仕立てあげ、妻を聖者として死なせた。

 

締め

結局、変だなと思った箇所は、かなりの部分が後付けだったようです。

これは一例ですが、違和感のある場所は、それなりの理由があることが多いんですよね。今回のように違う人間が関与していたり、フェイクがあったり、部分的な切り貼り(コピペ)だったり。

topisyuが違和感のあるモヤモヤした部分を言語化するのが好きなのは、言語化するプロセスで、リバースエンジニアリングみたいな感じで、作成者の意図であったり、作成過程を垣間見られるからかなと考えています。

もちろん、あくまで推測でしかないですけどね。今回のように答え合わせができると特に嬉しい。

 

以上です。

なお、今回の記事は、id:honeybeさんの依頼を受けてのものです。いつもありがとうございます。

 

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