読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

斗比主閲子の姑日記

姑に子どもを預けられるまでの経緯を書くつもりでBlogを初めたら、解説記事ばかりになっていました。ハンドルネーム・トップ画像は友人から頂いたものです。※一般向けの内容ではありません。

いじめた側がいじめられる『聲の形』

解説・まとめ 読み物 教育 子育て 今日の法律・統計 ニュース お勧めの○○

先日、テーブルの上に置いてたら子どもに読まれたマンガということで『聲の形』と『BIRDMEN』を紹介しました。この記事は『聲の形』の方のレビューとなります。

※公式の宣伝用動画。ここから紹介する画像はすべてこちらから取っています。

『聲の形』は週刊少年マガジンで2013年から2014年まで連載された、全7巻の作品です。読み切り版が話題になったり、『このマンガがすごい!2015』の男編1位やマンガ大賞の新生賞などになったりしたことからも、ご存知の方は多いと思います。聴覚障害を持つ女の子と、その子をいじめた男の子の物語です。 

聲の形(1)

聲の形(1)

  • 作者: 大今良時
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/01/17
  • メディア: Kindle版
 

※左がいじめた男の子、右がいじめられた女の子。

 

読みたかったけど読めなかった

この部分は特に作品のレビューには関係ありません。レビュワーである筆者のポジションを書いたものです。

 

連載前の読み切り版が週刊少年マガジンに2013年に掲載された当時、自分の周りでもかなり評判になっていました。

それでも、何となく、手に取ることができず、結局、読むことになったのは、読み切り版から書き直された連載版が終了して半年ほど経った2015年の初夏です。

読めなかった自分の心理を考えてみると、あまりに評判が良い作品は、そのまま素直に受け取れないというか、ついつい必要以上に批判的になりがちなので、作品を楽しめるように時間を空けたかったのだろうというのが一つ。

もう一つは、テーマにいじめがあり、自分もいじめられた経験が人並みにあったというのもあると思います。

 

自分は、今、いじめがそろそろ起きてもおかしくない年齢の子どもを育てています。いじめられてから随分経った今、『聲の形』のような作品を読むことが、過去のいじめられた経験が呼び起こされて辛いということはありません。

自分のいじめられた経験は、具体的には、クラスメイトの大半から数ヶ月単位で無視される(友達は逃げる)、新しい靴を買えば下校時に学校の池に放り込まれている、机に「死ね」などいたずら書きをされる、黒板に同じくいじめられている異性との相合傘が書かれる、高いところの掲示物を交換する際に脚立代わりにされる、担任の先生に相談すると「いじめられる方にも原因がある」と言われるなどなど、よくあるいじめのテンプレートです。本当によく聞くいじめの内容ですね。

そういう辛い出来事についてこれまで折に触れ自分の中で反芻してきましたし、自分の存在が否定されたことを塗り替えられるぐらい、家族やその後の出会って来た人々からは自分の価値を認めてもらいました。そんなこんなで、自分の中ではいじめられた辛い感覚についてほぼ消化できています。

 

そういうわけで、本書を読むのが辛いという気持ちはなかったと思います。それよりも、自分が似通った経験をしたものがフィクションとなった場合、描写のリアリティさについて必要以上に気になったりして、作品を素直に楽しめないかもしれないなと危惧したのはあるかなと思います。前者の理由とも被りますね。自分の精神状態や人生経験に、読書体験というのは大きく影響を受けるものですから。 

※自分が子育てしているからこそ喫煙描写も目に止まりやすくなったと思う。

 

そんな自分が今年の初夏に読もうと思ったのは、お勧めのポップをたまたま見たから。覚えていたのは、キャラクター二人の造形と2年ぐらい前に読み切りが話題になっていたことぐらいでした。お勧めならば読んでみてもいいかなと手にとった。

 

リアルないじめ描写

実際読んでみると、小学生高学年ぐらいの頃の標準的ないじめられ経験のある自分から見てもいじめ描写は丁寧で、よく描かれていると思いました。

 

まず、いじめた男の子の動機が普通でいい。いわゆるガキ大将で、暇がどうしても潰れない中で、調和の取れた、自分の庭みたいなクラスに転校してきた、聴覚障害のある女の子を異物として認識し、暇潰しでいじることにし始めた。

聲の形

※こういうのもそうですけど、気軽に同級生の吃音を真似する子もいますよね。

 

次に、集団にいじめられるようになるきっかけがリアル。最初からちょっかいを出してくるのは、上の男の子と極少数。それが、合唱コンクールで、この子がいたことで結果がいまいちとクラスメートが認識してしまったことから、クラス全体でのいじめが始まります。 転校や障害というのはいじめが起きる時の鉄板な要素ですよね。同調圧力が強い組織の場合、異物を排除しようという動きが出る。

聲の形

※真ん中の黒髪の男の子が主人公。周りはそれほどテンションが高くない。

 

後は、先生の対応もリアル。いじめについては基本的にスルーしておきながら、女の子の親がいじめで壊された補聴器8個分の170万円の加害者による賠償含めて問題視し始めてから、いじめへの対応に動き出す。それまでにいじめは認識しているのに。結局、学級会で、そのガキ大将の男の子だけをスケープゴートにして、自分に責任は及ばないようにし、クラス自体はこれまでと変わらず上手く運営しようとします。

 

他にも、テンプレ通りのいじめがオンパレード。

聲の形

※靴はまだいいんですけどね。ノートや教科書だと濡れてゴワゴワになって使い物にならなくなるのが困る。

 

個人的には、いじめの再現率が高いと感心したものの、今でもいじめられた経験に苦しむ人にとっては、なかなか読むのが辛いだろうなとは思いました。ただ、(主人公の男の子に対するもの含めて)いじめられシーン自体は、基本的に1巻までですので、そこを突破できれば、まだ読み進められるようになると思います。boy meets girlもので、恋愛要素も出てくる。

 

いじめた側がいじめられる

こうして女の子へのいじめは無理やり収束をむかえるものの、その後は、この男の子がいじめの対象となります。小学校に留まらず、中学校でもかつてのいじめ加害者であったということでいじめられ、高校まで引きずることになります。この男の子視点だと、周りの人間には表情がなく、顔には☓印が付けられます。こういうのもいい。

いじめた方がいじめられるというのはそう多く観測されることはないでしょうけど、ない話ではないですよね。特に、特定の人物に問題があったということでスケープゴートにされると、別に起きてもおかしくない。

この辺のいじめに関する垣根の薄さを描くのもいいなと思いました。いじめが起きるような環境下というのは、誰もがいじめられる可能性があるものですからね。

 

大人がちゃんと人間として描かれている

『BIRDMEN』のレビューでも書いた通り、子ども向けの漫画は自分は親目線で読んでいるため、親世代の大人がどう描かれているかは着目します。 

大人がコテコテで、わけもなくただ叱ってばかりだとか、とにかく何でも知っているとか、ステレオタイプな形で登場する作品の場合は楽しめません。人間、0か1ではない。

『聲の形』では、そういうステレオタイプな大人も登場しないことはないのですが、メインとしては、男の子の母親、女の子の母親、そして次点として担任の先生でしょうか。

担任の先生は、淡々とクラスを上手く運営することを考える、嫌な感じの臭いを漂わせた人物です。ただ、その後高校生になった男の子たちが訪問して、この人物にも多少の変化があったようには見えるような演出がされています。

そんなことより、この母親たち。ある方は加害者で、ある方は被害者に分かれるわけです。子どもを愛しているのはどちらも同じ。いじめを通して、どちらの親も苦しみます。男の子の親も自分の子育てが失敗したと思い悩むわけですが、男の子への愛情はその後も変わらない。こういうのがちゃんと描かれるのがいいんですよ。単純に、加害者・被害者で切り取ってしまって、一方的に終わらせるわけじゃない。

そして、この母親は二人とも離婚しているシングルマザーです。女の子の親が離婚した理由というのが物語の中盤で描かれたり、この母親同士が過去のいじめ以来会話するシーンも描かれる。時には、子どもを殴ったり、殴られたり、体当たりで育児している感じが伝わってくる。

 

締め

日本でのいじめの議論はこれまで結構極端に進んできたんですよね。

昔は、それこそ、いじめられる方が悪いという理屈が大手を振っていたわけです。当時は、教師の方も知見が共有されておらず、マニュアルもなかったことから、対応には限界があった。

今は、ここまでのいじめによる自殺者に関する報道とその反響もあり、いじめる方が圧倒的に悪いという方向に舵取りがされている。もちろん、いじめる行為自体は問題ですけど、加害者はまるで永遠に加害者みたいな認識がされている。

こういうことを書くと、「お前がいじめサバイバーだから、生存者バイアスで、加害者側を許せるんだ」なんて思われる人もいるかもしれませんけど、自分は何度も書いている通り、過ちを犯した人も適切な処置がなされれば、その後その過ちから離れて生きられる社会のほうがいいと考えているんですよね。

※最近何度もこの記事を引き合いに出している気がする。

 

失敗が許されない組織よりも、失敗が許される組織のほうが柔軟性があるからです。何か少しでも過ちがあったらそれでその人物の人生が一生否定されるというのは、(被害者感情をどうケアするかは別として)生きるのに優しい社会だとは思わない。かつて、いじめられる方が悪いとされていた時代は、ある意味、いじめ被害者がまるで過ちを起こしたように思われて、それをいじめ被害者は引きずることになったわけですし。いじめの被害者でも長い人生の中で時には加害者になることもあります。

 

個人的な体験談を書きますと、自分をいじめていた人間をその後ウォッチしている限り、いじめの首謀者だった子どもたちって、男親が子育てに関与していない割合が凄く高くて。時代もあるんでしょうけどね。そしておもちゃなどの物だけは普通より多く買ってもらっていた。

※自分のウォッチャー歴についてはこちらをどうぞ。

だから、生育歴がすべての原因だった、いじめの責任は男親にあったということを言いたいかと言えばそうではなく、一つの要素として加害者側の生育環境があるという話です。

※母親に全責任があるというわけでもない。

 

今正に強烈ないじめの渦中である場合は、まずやるべきこととして、被害者と加害者を引き離して、被害者の心のケアに尽くすというのはあります。では、加害者には強烈な罰をくれて、そのまま親子ともども放っておいていいのかというとそうではない。

 

いじめの認知件数というのは、定義の変更など収集方法・基準が一定ではなくうまく推移が捕捉できないというのはよく知られている話です。滋賀県の件があって認知件数自体は3倍以上に急増したことがありましたが、だからといってそれに伴っていじめの実数が3倍に増えたということでもないはず。(【追記】いじめの統計で一番有名なのが以下のグラフ。S60-S61では急減しているし、H23-H24では急増しています。あくまで学校側の認知件数であることに注意が必要な統計情報です。)

いじめ 認知件数 推移

※画像は、『平成 25 年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」について』(文部科学省)より。

現状、子どもの非行は少なくなっているし、

いじめによる自殺者数が急増しているというわけでもありません。数十年前に比べたら減少しているし、今は大体横引きです。

また、ずっと犯罪行為を繰り返す子どもがいるとしても、少年犯罪の刑法犯の再犯者数自体は減少しています。

 

自分は、こういうところから、子どもを取り巻く環境は全体としては改善しているんじゃないかと見ています。

多くの知見が溜まってきたからこそ、何かを一方的に悪者に仕立て上げて、臭いものに蓋をするというのではなく、そうして積み上げてきた叡智を上手く活用していったほうがいい。先生を悪者にするのは簡単だけれど、先生の実労働負担が大きくなっているというのも分かっている話ですしね。 

 

なんていうことを、『聲の形』を読みながら徒然に考えていました。全7巻ですから、すぐに読み終わりますよ。お勧めです。

聲の形(1)

聲の形(1)

  • 作者: 大今良時
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/01/17
  • メディア: Kindle版
 
聲の形(7)

聲の形(7)

  • 作者: 大今良時
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/12/17
  • メディア: Kindle版