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斗比主閲子の姑日記

姑に子どもを預けられるまでの経緯を書くつもりでBlogを初めたら、解説記事ばかりになっていました。ハンドルネーム・トップ画像は友人から頂いたものです。※一般向けの内容ではありません。

ブログが三年続いたので『ブログを書いている時に意識していること』でも

昨日でこのブログを始めてちょうど三年になりました。記事数が630記事なので、ならすと年間200記事ぐらいですね。思ったより長く続いていることに驚いています。

せっかくなので、『ブログを書いている時に意識していること』でもまとめてみます。

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※かわいいフリー素材で有名な『いらすとや』さんでの『ブログ』での検索結果

 

あくまで自分はWebの中での少数派であること

Webの世界自体が、一般社会に比べればまだまだ狭いものです。その狭いWebの中でも自分が提供しようとしている価値観は少数派であると考えています。自分の書いていることが、主流派であり多くの人に受け入れられて当然とは思っていません。

というより、多くの人に受け入れられたいとは思っておらず、同好の士と出会えたらいいなと考えて、ブログを書き、ネットでは生息しています。「発言小町、大好きー!」って言えるのっていいですよね。

 

人は過ちを犯すものであり自分も同様であること

清廉潔白な人でも過ちを犯すことはあります。私は自分が清廉潔白だとは思わず、胡散臭く、グレーな人間に属すると見ており、当然(ブログ運営上でも)過ちを犯すものと考えています。

だからといって、自分自身が過ちを犯すこと自体を肯定するつもりはないですが、自らが過ちを犯すことがあるということには自覚的でありたいなと思っています。

 

他者の影響で書きたいことも自分の内面の反射である部分が大きいこと

他者の言動に心を動かされて、ブログを書こうとすることがあります。例えば、ニュースであったり、他の人のブログ記事だったり。そういうときは、そのニュースや記事について書きたいのではなく、そのニュースや記事を通して感じた自分自身の内面を言語化したいのだなと意識します。

特に強い憤りを感じるとき。世の中そうそう絶対悪はないので、大体はそれに憤りを感じるのは自分自身に何か偏りや問題意識があるときです。

そういった偏りや問題意識を曝け出すこと自体のコンテンツとしての価値がまったくないとは思いませんけど、若干距離感がある文章にしたいなとは考えています。

 

発言小町の検閲を通すこと

このブログは発言小町ではないですが、ブログで書いている表現は発言小町の検閲を通せるものであるように心がけています。ある種のクオリティコントロールの方法ですね。

 

暇つぶしであること

家族と過ごしたり、仕事をしたり、そういった人生での優先順位が高いものを犠牲にしてまでやるものではないと考えています。

 

締め

「ブログの一番の読者は著者自身」とはよく言ったもので、私自身、時々自分の記事を読み返します。そういうとき、「この人、なんでこんなことにこれだけ時間を費やしているんだろう。しかも、分析も甘いし。愚か者だな」と思うこともあれば、「うわー、この視点は今はないわ」みたいに驚くこともあります。同じ人間であるのに気付きがあります。

読み返しは、このように復習みたいに使えることもあるし、また、他人なら違って当然と思う機会にもなります。同じ人間でも違うのだから、いわんや(育ってきた・置かれている環境が異なる)他人をや、ですね。

何か真面目なことを書いてますけど、とにかく楽しんでいるのは確かなので、これからも趣味として続けていきます。今後ともご贔屓にしてください。