斗比主閲子の姑日記

姑に子どもを預けられるまでの経緯を書くつもりでBlogを初めたら、解説記事ばかりになっていました。ハンドルネーム・トップ画像は友人から頂いたものです。※一般向けの内容ではありません。

東京都はオリンピックの開催を中止できない。契約書上、中止できるのはIOCだけ(開催都市契約2020より)

私は契約書を読むのが好きなんですが、今の今まで東京都で今年開催されるオリンピックの契約書を読んでいないことに気付きました。

IOCと開催都市である東京都は何か契約書を結んでいるだろうと、「IOC オリンピック 契約書」でgoogleったら、開催都市契約2020というのを見つけました。

開催都市契約2020|大会情報|2020年大会開催準備|東京都オリンピック・パラリンピック準備局

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※原本は英語でスキャン画像が公開されている。

私は開催するかどうか含めてオリンピックにまったく興味がなかったので、今はじめてこの契約書の存在に気付きましたが、恐らく多くの人はすでに読んでると思います。この契約書は原本は英語だけど、親切に日本語訳がついていますし、この種の契約書としては短い80ページちょっとで、翻訳も平易なので、読み終わるのに1時間もあれば十分なはず。

それで、最近はCOVID-19の関係で、このオリンピックの中止の可否が取り沙汰されています。首相が完璧な形でやるとか、アメリカ大統領が日本次第だとか言っているから、だったら、日本国政府もしくは開催都市の東京都にオリンピックの中止の権利があるのかに注目して読んでみました。

中止について触れているのは契約書の66条、契約書の解除の条項です。

66. 契約の解除

a) IOC は、以下のいずれかに該当する場合、本契約を解除して、開催都市における本大会を中止する権利を有する

i) 開催国が開会式前または本大会期間中であるかにかかわらず、いつでも、戦争状態、内乱、ボイコット、国際社会によって定められた禁輸措置の対象、または交戦の一種として公式に認められる状況にある場合、または IOC がその単独の裁量で、本大会参加者の安全が理由の如何を問わず深刻に脅かされると信じるに足る合理的な根拠がある場合

ii) (本契約の第 5 条に記載の)政府の誓約事項が尊重されない場合。

iii) 本大会が 2020 年中に開催されない場合

iv) 本契約、オリンピック憲章、または適用法に定められた重大な義務に開催都市、NOC または OCOG が違反した場合。

v) 本契約第 72 条の重大な違反があり、是正されない場合。

※太字は筆者。

IOCが契約を解除して、オリンピックを中止する権利があるとされています。条件としては、いくつかありますが、今回の件に該当しそうなのはiとiiiですね。

中止を含む解除の権利は、契約当事者である開催国の東京都と日本オリンピック委員会には付与されていません。だから、オリンピックの中止をできるのはIOCだけとなります。

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※今はその職にいない二人が契約書の署名者。

一応、OCOG(オリンピック大会組織委員会)に影響するような予測不能の事態が起きたときには、契約の変更もIOCに要求することができますが(例えば契約の解除にOCOGを含めることなどが考えられる)、これもIOCの裁量次第となっています。

71. 予測できない、または不当な困難

本契約の条項により、OCOG に影響する本契約の締結日には予見できなかった不当な困難が生じた場合、OCOG はその状況において合理的な変更を考慮するように IOC に要求できる。ただし、当該変更が、本大会または IOC の何れに対しても悪影響を与えず、さらに当該変更が、IOC の行使する裁量に委ねられることを条件とする。IOC は、当該変更につき考慮、同意または対応する義務を負わないことが理解され同意されている。

OCOGは上の署名欄にはありませんが、契約締結後に東京都と日本オリンピック委員会によって開設され、同様の権利・義務を負う組織です。OCOGも現状で契約解除の権利を保有しているわけではない。

一般論としては民間の契約というのは国が規程する法令には劣後しますから、オリンピックの開催を中止するような法令があり、その法令に該当するなら、国や行政機関がオリンピックを中止できることもありえます。

と、ここまで来て、山尾志桜里さんが立憲民主党を離党するきっかけになった、COVID-19にも適応範囲を広げた新型インフルエンザ等対策特別措置法で、オリンピックを含めた興行の中止があるんじゃないかと思ってちょっと読んでみたら、それっぽいことが書いてありました。45条の2です。

e-Gov法令検索

第四十五条 2 特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるときは、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間において、学校、社会福祉施設(通所又は短期間の入所により利用されるものに限る。)、興行場(興行場法(昭和二十三年法律第百三十七号)第一条第一項に規定する興行場をいう。)その他の政令で定める多数の者が利用する施設を管理する者又は当該施設を使用して催物を開催する者(次項において「施設管理者等」という。)に対し、当該施設の使用の制限若しくは停止又は催物の開催の制限若しくは停止その他政令で定める措置を講ずるよう要請することができる。

※太字は筆者

新型インフルエンザ等緊急事態というのは、政府対策本部長(首相)が緊急事態を宣言したときのことで、そのときには、特定都道府県知事が興行場に開催の制限か停止を要請できるとしています。あくまで要請ベース。しかも罰則はなし。

たぶん、これはオリンピックにも適用できるでしょうけど、それでも要請ベースというのは変わりません。

ちなみに、要請を受けて興業を中止したときの損失補てんについては、法律上書いておらず、この法律が成立するときの質疑応答では公的な補償は行わないと回答されています。

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ただ、ここでの回答を見る限り、特措法で予定しているのは発生初期の1-2週間程度だけっぽいので、例えば、それ以上の期間に及ぶ興業の中止の要請はもとの法律では想定していない感じがしますけどね。

いずれにせよ、国民の権利を著しく制限しうるとして、宣言することが相当に慎重な判断を求められている特措法でさえ、オリンピックの中止を決められるわけでもないので、現実的には国でさえもオリンピックを中止するのは容易ではないでしょう。

というわけで、私はオリンピックの開催については東京都や国がどう反応するかではなく、IOCがどういうスタンスかだけに着目することにしました。IOCどうするんでしょうね。

追記:開催日程の決定権もIOCが保有

契約書に書いてありますけど、開催日程の決定もIOCとなっています。

33. 競技プログラム、大会開催日程

a) IOC は、開催都市と NOC に対して、2016 年第 31 回リオデジャネイロオリンピッ
ク競技大会のプログラム(競技、種別および種目)が、本大会のプログラムの本質的な基礎となることをすでに伝えている。競技プログラムの最終版は、ブエノスアイレスにおける第 125 回総会の直後に開催都市と NOC に伝えられる予定である。種別、種目、および割当数に関するプログラムの最終版は、IOC が、本大会開始予定日の約 3 年前に開催都市と NOC に伝えるものとする

b) 本大会期間中の競技スケジュールは、OCOG が本大会の 2 年以上前までに IOC に提出し、事前に書面による承認を受けるものとする。

c) 競技日数ならびに開会式および閉会式のスケジュールを含む本大会開催に関する最終的な日程は、IOC が、OCOG と協議のうえ、決定するものとする

※太字は筆者

競技スケジュールは2年以上前にOCOGがIOCに提出することになっていて、最終的な日程はOCOGと協議はするけどIOCが決めるとしています。

というわけで、延期を含む日程をどうするかもIOC判断ですね。契約書を読めば分かります。契約書を読めば分かります。

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※契約書を読めない人にお勧め。